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20:Silver Bullet
それはカッコつけようとしていたからではなく、彼がなにかを告げようとするより前にナビが割って入ったからだ。
「待て、なんだこれ……なんでこっちに……」
「どうした?」
「あーそうか、おまえら派手にやってたもんな」
恨みがましく言ってナビは額に上げていたゴーグルを戻した。小さな手が続けて空を引っ掻くように振られると、空中にいくつもの投影モニターとキーボードが浮かび上がる。四十インチはあろう大型のそれに映るのは巨大な回転翼を備えた飛行物体だった。
「……この間見たやつとは型が違うな」
「バイパーだな。かっこいー」
のんびりした少年らのやり取りをナビが叱りつけるより、耳障りな飛行音と高度によらない強風が映像越しにではなく直接吹き込むほうが早かった。
「こういうのゲームで見たことあるな」
「ハハ、あるある」
「むこうさんには一発も撃ててないのに?」
「それは蓮が邪魔したから!」
「止めてくれてありがとうって言え!」
「うるさい!」
都市迷彩をまとう攻撃ヘリが悠然と現れ、その全体を窓枠に収めると同時にじゃれあう少年らの姿は眩い輝きに照らし出される。それ自体は機首下部に備え付けられた投光器によるものだとすぐに解るが、目を細めたナビはミリ波を感じ取ってうめき声を上げた。
「ムッ、レーダー照射受けてる!」
「インカミンミッソー?」
「そっちじゃなさそうよ」
激しい風切り音の下にローターブレード以外の回転音、幾度か耳に触れた覚えのある音がうなり始めている。強烈な光が挿し込まれる直前に見た機首左部には三つに連なる銃砲身が鈍く輝いていたが、その口径は間違いなく七.六二ミリでは済まされなかった。
翻って少年らの立つ場所には回避に使えそうな遮蔽物はいくらでもあるが、機関砲の掃射を受けて果たしてどれだけ効果があるものか。なにより一番の問題は、それら壁や天井、柱の残骸のいずれもが強烈な指向性光を浴び、床に落ちる影を細長く伸ばしてしまっていることだった。
逃げ道は少なく入り口は狭い。その事実は少年たちにほんの一瞬の躊躇を生んだ。
退くべきか退かざるべきか。いやそもそもどこに退くの? どうやって?
結論が出るより先に前に出たのはナビだった。
「―――プロメテウス!」
止める間もなく自らの半身にすくい上げられた小さな身体は、球体の中に収まるなり向けられた銃身が『支度』を整えるより早く手を動かし終えていた。
「双葉!!」
叫んだのはジョーカーかゴーストか、あるいは二人ともか。いずれにせよ発砲音は短く、爆発音と網膜を焼き切りそうなほどの激しい発光と衝撃がトップデッキを通り抜けていった。
少年たちの視界は眼球が麻痺でもしたかのように狭まり、土埃や自らたちが汚した床こそ捉えられても新たな傷や痛みは見当たらない。いわんやナビの肉体など……
「くそっ、さすがの装甲と構造だな! この程度じゃびくともしないか」
すぐ目の前に五体満足でいる姿を見つけて少年たちは脱力する。
なんということはない。以前もやってみせた芸当、他者の認知への干渉によって弾丸の着弾地点を機体の鼻先だと誤認させたというだけだ。
しかし至近距離での爆発―――どうやら機関砲には焼夷榴弾が装填されている様子だが、その爆風と炎を浴びてなおヘリは平然とこちらを睨み旋回し続けている。このことからして損傷を受けてさえいないのだろう。
ナビに言わせればレーダー照射はまだ続いていたし、先より明確に個々の存在を捉えているまである。
「ジョーカー! 敵の攻撃がまたくる―――」
「わかってる。ゴースト、敵の攻撃はこっちで防ぐからそっちは任せた」
そっちってどっちよ、などと返すほどゴーストも呆けてはいなかった。
(俺がアレを落とせってことか。たしかにそれしかない)
先にナビがやってみせた曲芸めいた真似はそうそう連発できるものではなく、ゴーストには防御の手段がない―――全く無いわけではないが、こうも強い光に照らされてしまっては全員での退避は難しい。なにより敵を撃退せしめなければ状況は延々続いてしまうのだから、防護を最も強い鉾であるジョーカーに託し、攻撃手をこの場における次点のゴーストが務めなければならない。
(―――できるのか?)
ジョーカーが構えた不可視の盾は機関砲の弾を次々にはね返し、爆発の余波と破片、熱さえ防いでくれている。けれどそれが無限に続けられるものでないことは、ゴーストも身をもってよく知っている。
焦る必要があるほど余裕が無いということもないが、モタモタしている時間も無かろうとゴーストは膝射の姿勢を取った。限定のお宝モデルガンはジョーカーに渡してしまったが、狙撃に使おうとしていたライフルは必要だと思うとすぐ手元に戻ってくる―――みんなどこから銃を取り出しているんだろうと思っていたけど、こういうことか―――。
激しい爆発の影響はほとんど無いが唯一光だけは防ぎようがなく、彼は銃撃が止む間隙を探して静止する。
その肩にナビの手が置かれた。観測手を務めようというのだろう、触れた手から彼女の視界がリンクされ、ゴーストのバイザー上に煙と閃光のむこうの輪郭が描き出された。
記された情報を眼に馴染ませるように一度まぶたを伏せ、彼はすぐに引き金を引いた。
真正面から鼻先を狙った一撃は間違いなくそこを捉えていた。ところがその正確さが仇となったか、咄嗟に機首を上げられて腹を掠める結果となってしまう。
「チッ……」
舌打ちが早いか、吐き出された空薬莢が床に落ちるほうが早いか、ゴーストは素早く二射目を行った。
発砲音が各々の耳を打つより早く弾丸は着弾した。今度はミサイルを懸吊する右の小翼にだった。
今度も状況に変化は訪れない。角度を付けて撃ち込まれた徹甲弾は装甲を凹ませ、削り取りはしたものの、旋回した機体の勢いに弾かれてしまっていた。その間は攻撃が止まるとはいえ―――
「俺の弾じゃ威力が足りないってことか?」
がく然とする暇もなく、お返しと言わんばかりに空対地ミサイルが射出された。
「く……!」
呻いたのはジョーカーのほうだ。ナビが指示標を付けてくれたとはいえ、短い距離を高速で飛来する誘導弾を捉えきることは彼をしても難しい。
塔そのものを吹き飛ばすような衝撃と爆炎が起こり、実際赤い塔の最上部はいよいよ支えを失って口を開けるように大きく傾いた。
―――俺にもっと力があれば。
天井から降り注ぐ瓦礫や鉄片を浴びながら、ゴーストはフィクションにお馴染みのフレーズを口内で呟いた。
その足元に落ちた影には、彼とジョーカーに無理やり押し込まれたナビが怒り心頭と言わんばかりの表情で二人を睨みつけている。一方的に守られるような状況が不服なのだろう。
それは、ゴーストにもよく理解できた。一方的に与えられるだけの関係など不健全だと。
(……そう。だから……)
事ここに至って彼は妙に落ち着き払っていた。
ジョーカーの援護のおかげか、肩や背にぶつかる小さくない瓦礫はのたうち回るほどの脅威ではないし、ナビはもう怒ることを諦めて敵の位置を掴み直してはレーダー照射を妨害している。
(だから……必要なのは力じゃなくて……)
うーん、と唸って、ゴーストは顔を覆うバイザーを撫でた。
「なにのんびりしてんだ。ジャミングもそう長くはもたないよ」
「こっちもそろそろエネルギーが尽きそうだ。早めに決めたいな」
「この砂ぼこりが晴れたときがチャンスだな。逃げたところでわたしらの足じゃすぐ追いつかちゃうし」
「今のうちに床に穴でも掘ってやり過ごすか? 敵の目を一旦でもごまかせれば……」
右と左から交互に囁く声を耳に、ゴーストは鷹揚に頷いてみせた。
「いや、いいよ。次で落とそう」
「お? やるのか? どこ狙う?」
「援護はいる?」
「いや―――」
今度は首を左右に、ゆるく振る。バイザーを撫でていた手はなにかを求めるように手のひらを前に挙げられる。
強い風が吹き込んで煙幕のように辺りを覆う土ぼこりと灰を吹き散らした。
―――『状況を打開するためのもの』はもう揃ってる。それこそもうずっと以前、この話が始まったときから。
「ジョーカー、交代だ」
「はあ? ちょい、なに―――」
姿が晒し出されるや否や、三人は目視による捕捉を受ける。旋回していたヘリはまるで顔を向けるように機首を翻してモーターを唸らせた。
ローターブレードの激しい風切り音のなか、二人の少年が手を打ち鳴らす音と、
「いいだろう!」ジョーカーの笑声、
「わたしをおいて二人だけでわかり合うな! キモチワルイ!」そしてナビの悲鳴じみた罵声が響いた。
それももう慣れたものだ。泣かれるわけでもなし、ただ罵られるだけなら楽しいくらいだった。ジョーカーなどはナビの『やきもち』が愉快でたまらないのだろう、堪えきれなかった笑い声を漏らしながらさっさと飛び出して行ってしまっている。
「双葉は伏せてて」
「、おまえこの状況、なんとかできるの?」
ミラー加工の施されたバイザーの下から返されたのは、どこか苦笑気味の、やわらかな笑いのこもった声だった。眉をひそめたナビの目の前で少年の指が動き、ゆっくりとそのバイザーの縁にかかる。
「『俺たち』でやるんだよ」
―――そういえば。
と、ナビの脳裏に蘇ったのは忌々しい狐面の少年の声だった。
そういえば、のペルソナは、その姿を見せないな。そんなふうなことを言っていた。
あの時は結局、その身体に繋がる銃がそうなんだろうと結論づけられていたが―――
(いや、それ自体は間違ってないはずだよ。そういう反応が出てる。でも、そう。『そういえば』……)
ペルソナが眼に見える形として顕現するとき、その本体の顔を隠す仮面は消える。何故ならヒトの最も単純なパーソナルデータであるところの顔を表す仮面は、ペルソナというものの最も単純な形でもあるからだ。
翻って思い返して、ナビはポカンと口をあけた。
「おまえ、おまえまさか―――」
苦悶の声とともに、ナビの目の前で虹色に輝くバイザーが引き剥がされる。
「今までずっと手ぇ抜いてたな!?」
ある意味ではそれも間違いではない。ただ彼ははじめからずっと怒りに囚われていて、復讐しようというのならそれで十分だったというだけだ。
必要なくなったものは勿体つけられることもなくカランと軽い音を立てて床に転がる。するとその肩や首に纏わりついていた甲虫めいたパーツが立ち上がり、弾けるようにして彼から離れた。落ちることなく円錐を描くような形で空中に固定されたそれの内側からは次いで四肢が伸びる。
彼は言った。
『復讐はやめか? まあいい』
二本の腕と二本の足、そして一本の首に乗る頭と、それは概ね人と同じパーツで構成されている。頭には半楕円を描く革帽子すら乗せていた。
ただし生物的特徴を有するのは左の腕だけで、残りのパーツはすべて硬質的な、ある種の昆虫や甲殻類の外骨格を思わせる質感をもって照らし出されている。
『それも面白そうだ!』
喜ばしげな声を発して右手の銃―――銃そのものの右手を構えた己の半身に、少年はずいぶんスッキリした首と肩、そして顔を撫でながら息をついた。
「あー……軽い……」
腕を回す彼の全身をヘリに搭載された火器管制システムによるレーザー照射が捉えている。その足元にしゃがむナビと離れた場所で待ち構えるジョーカーも同様だ。
今や天井は無く、灰に烟る曇天の夜空ばかりが彼らの頭上に広がっている。どうやら一悶着二悶着しているうちにパレスの内部にも夜が来ていたらしい。あるいはこの状況やゴーストの能力を理解したパレスの主が影を消すためにしたのか……ヘリの投光器までもが灯りを落としていることから後者の可能性も充分あった。
いずれにせよ音だけは途切れることなくやかましく続いている。多くを占めるヘリの飛行音に機関砲の回転音が低く混じった。
「撃ち墜とせ―――ランピオン!」
鼓膜を破らんばかりの連続した轟音が周辺一帯の地上までもを支配した。また地上は、塔の周辺地域だけが朝の訪れをもたらされたかのような強い光に照らし出されている。
秒間一五〇回転の機関砲が吐き出す焼夷榴弾のすべてが彼らの二メートル半径に侵入するより先に撃ち落とされていた。塔内部は地上とは比べ物にならない閃光に包まれ、目を開けているのも難しいような状況だった。
「……ナビ!」
敵の姿は見えず、悲鳴さえまともに届かないが、ナビは確かに己を呼ぶジョーカーの声を聴き取った。
「あっ!」
そういうことかと理解してからのナビの動きは早かった。射撃のために姿勢をほとんど固定させているヘリの輪郭を視覚以外の情報から収集し、イメージとして成り立たせてジョーカーに受け渡すのに一秒とかからない。それくらいのことはすでにマクロとして登録済みであったから、ショートカットキーを押すだけでよかった。
それを受け取ったジョーカーもまた。ただし彼の場合はナビと比べればもう少し原始的だ。仮面に触れ、己の力を喚起し、狙いをつけて、閃光のむこうの敵に叩き込む。
「そこか!」
手応えはあった。爆音は唐突に途切れ、閃光もスイッチを切るように消え失せる。
幾ばくかの間をおいてこれまでとは趣きの違う爆音が響き、眩んだ眼にも機体が大きくひしゃげているのが窺えた。
「よし―――」
安堵の吐息とともに言って、ゴーストは膝から崩れ落ちる。ナビは慌てて彼を支えようと腕を伸ばしたが彼女の細い腕に偉丈夫は重すぎたか、もろともになって床に転がろうとするのを既のところでジョーカーが拾い上げた。
「……もうちょっと早く決めて欲しかった……」
「悪いな。誰かさんにやられた傷が痛むんだ」
「回復いる? するだけの体力残ってないけど」
呻いてゴーストは項垂れた。
それと同時に遥か下方の地上から爆発音が届く。どうやらヘリは完全に撃墜したようだった。
「これで終わりにして帰ろう、といきたいところだけど……」
「あっちまだ終わってないよ……」
「ああ、アレね……」
重苦しいため息が、今度は全員の口から転び落ちた。
……
実のところ、別働隊の行っている作戦自体はもう一週間以上も前に定められていたことだった。
当時、パレスを脱した後の少年たちはいいかげん見慣れた駅構内からも足早に抜け、家に向かっていた。そこを臨時アジトとして接収し、今後の計画を話し合うためだった。
オタカラへのルートの確保はもうあと少しといったところで、手元には屋上部以外はほとんど埋まったパレスの設計図さえある。あとはオタカラ周辺にまで迫り、奪取のための細かな作戦を立てる必要があるが―――
「つってダラダラ下から登ってる間に手ぇ打たれそうだよな」
坂本は渋い表情を見せている。それは他の面々も同様だった。
なにしろほとんどの構造を把握した今となってもオタカラの安置される屋上へ至るには搬入用か移動用のエレベーターを利用するしかない。一応非常階段もあるにはあるが、目的が知られればそちらを使用する利点も消える。
あるいはあの塔がすっかり完成してしまえば、設計図を見るに高速エレベーターも設置されるようだからそれを利用して……といきたいが、悠長に待っていられる時間は怪盗団にはなかった。
もちろん、押し込み強盗の如くことごとくを正面突破していくという手もある。
しかしそれは……
「怪盗らしくはないな」
と、雨宮は苦笑する。
であれば、さて。
「空から、とか、いけないかなぁ。こう、気球とかヘリとかでさ、バーッて」
白く滑らかな手腕を大仰に振りつつ、高巻は冗談めかして言った。
本気とはほど遠いこれに、しかし怪盗たちはうーむと唸る。
「ヘリねぇ……むこうが使ってるやつ奪ってってのもやれなくはない、かぁ?」
やはり大仰に首を捻る坂本の隣では、新島が難しい顔をして腕を組んでいる。
「問題は操縦よね。ヘリかぁ……」
そこに盆の上に人数分の温かい緑茶を乗せたがやってくる。台所に立っていた彼にも先のやり取りは届いていたから、彼は滞りなく話題に合流する。
「ヘリの操縦を体験させてくれるとこならありますよね」
「そんなところがあるのか?」
興味深げに応じた喜多川に、ははっきりと首を縦に振った。
「あるよ。十八歳以上対象だから俺らは無理だけど」
「十八禁だと……」
大げさに落胆する彼以外の眼は、誰が指示したわけでもないのに新島に集中していた。
「……えっ? 私!?」
「乗り物っていったら真かなって」
「陸空海制覇してこうよ!」
にわかに瞳を輝かせる高巻と双葉に、新島は口を尖らせる。
「勝手に決めないでよ、もう……」
しかし敵は思わぬところから現れた。
「わ、私がやってもいいんだよ?」
受け取った緑茶の湯気のむこうから、奥村は真剣そうに、何某かの固い決意を覗かせながらそう告げた。
新島は、何故だかひどく嫌な予感を覚えて速やかに首を振った。もちろん左右にだ。
「いえ、いいわ。興味がないわけじゃないし。でも……」
「でも?」
「それってタダじゃないんでしょ。経費で落ちるわよね?」
この場合の経費とは怪盗団の運営資金から捻出される。財源はシャドウたちから絞り上げた出どころ不明の金品だ。
雨宮は力強い言葉で応じた。
「出します」
素早く首を縦に二度振った雨宮に、新島はフンとどことなく不満げに鼻を鳴らした。頼りにされる、作戦の要を任される、どちらも彼女の自尊心をよく刺激して満たしたが、頭領の冗談めかした卑屈っぽい態度は彼女にとってあまり面白いものでもなかった。
それで現実に新島はお車代を含めて金を受け取り、東京湾に面した体験施設にまで足を運び、説明を受けた上で六〇分の操縦体験コースを堪能した。
それはそれで貴重な経験で、彼女に新たな楽しみの可能性を垣間見させた。風を浴びながら地上を疾走するのも楽しいけれど、空を自由自在にいくのも悪くないと。
けれどじゃあそれで気軽に空を飛べるようになるのかと言えば……
「あのね……シミュレーターと型が違うのよ! 全然! ああもう!」
体験施設で用いられるシミュレーターは軽量ヘリのもので、パレスの空を闊歩する攻撃ヘリとは別物だった。レバーやペダルの位置、ピッチやラダーの操作がある程度一致していなければ、離陸さえできはしなかっただろう。
とはいえ浮き上がりさえすれば飛行自体に問題はなく、後を追って現れた敵の航空部隊による攻撃も仲間たちのおかげで難なく防げている。あとはただまっすぐ垂直に昇れさえできればいいのだが、モタモタしている間に目的を悟られたのだろう、敵機は一行の頭上を塞ぐように飛び、下方からは絶え間なく銃撃とミサイルが浴びせられる。時にはナビが外部から操作を奪い、アクロバティックな空中戦闘機動―――急減速からの急旋回やバレルロールを行わせてはクイーンの意志と体力を削いでいた。後者に関しては緊急回避のためだが、予告なく行われるこれはあまり歓迎されなかった。
そうやって一進も一退もできずに硬直している間に、クイーンらにとっての別働隊は務めを果たした。その後も激しい戦闘があった様子だが、それも今は収まっている。
こちらもいい加減動かなければ、面目が立たない。
どうしたものか、とクイーンが天を仰いだ瞬間、奇妙な浮遊感が搭乗員ら全員を下から押し上げはじめた。それは空気の塊のような、質量さえ感じさせるほどの厚みを伴った風だった。
「なにコレ、あっ、ヤバッ」
機首を上げた姿勢のまま垂直に押し上げられる機体の上には同型のヘリが二機飛び塞がっている。このまま昇ればいずれは衝突してしまうだろう。
「クソ! 落とすしかねぇ―――」
「駄目よ! いま落としてもぶつかる!」
そも先からして道を塞がれていたのは敵機体が落下すれば当然の帰結として彼らに激突するからだ。それを回避する技術もクイーンには存在しないし、まして昇しつつあるこの状況でそれを行えばどうなるか。
この特異な状況にあって平時の冷静さを取り戻せていれば、とっくに解決できていたはずの問題ではあった。
『先輩、落ち着いてください。ヘリはテールローターの推力で―――』
実際に彼女は通信のむこうから寄越されたゴーストの言葉の途中で解に至った。
「尾部の小さいプロペラを破壊して!」
弾かれたように動いたのはフォックスとノワールだった。二人は左右に別れて機体から身を乗り出すと互いを見やって同時に言った。
「私は左を」
「右は任せろ」
ノワールは小さく頷いて己の半身を呼び寄せた。顔の無い女が扇を振ると目に映らない力が頭上に至り、そこに滞空する二機のうち片方の尾部回転翼をひしゃげさせた。と同時にもう一機の尾部回転翼が凍りつく。
『……主翼の回転に機体が引っ張られないように抑制してるんで、そこを破壊されると……』
『もう済んだみたいだぞ』
『あれ?』
メインローターの回転によって生じる力を相殺するテールローター破壊、氷結させられたことで、二機のヘリは勢いよく機体を水平に回転させはじめ、まるで道を譲るように空中を滑りはじめる。二機はやがて揚力さえ失ったのか、そのままゆっくりと地上に吸い込まれていった。
そのころには怪盗たちは塔を見下ろすほどの高度にまで至っている。
遥か地上にはいささか申しわけなさそうに縮こまる猫が一匹、彼らを見上げていた。
「……すまん。上にもいたんだな」
「こんのクソ猫! 確認してからやれよ!」
「誰が猫だよ! ワガハイをおいて先に行ったりするからこうなるんだ!」
「だからって一言も声かけずにやるかフツー!?」
地上と上空でのやり取りはナビを介して行われている。
『スカル、そういうのいいからさっさとやれー』
いつもの口喧嘩を中継させられる身にもなれと投げやりに訴えられると、流石の二人も呻いて止まる。
スカルのほうのうめき声にはもう一つ理由があった。
「……よし、問題ないだろう。おそらくは」
「おそらくってなんだよ! 絶対って言えよ!」
「スカル……できない約束をしたくないんだ、すまない……」
「てめぇフォックス!」
吠えて掴みかかろうとするスカルの腕を、ノワールがやんわりと捕まえた。
「むこうはもう大丈夫みたいだけど、ゆっくりもしていられないよね?」
「えっ? あっ! こ、心の準備っ……」
「さっさとイケっての!」
高いヒールの先がスカルの尻にめり込んだ。彼の足はヘリ床面の縁にあった。
「あああぁぁ!」
押し出された彼は悲鳴とも気合の雄叫びともつかない声を上げながら落下していった。その背にはワイヤーロープが括り付けられている。
小さくなっていく彼の姿を見澄まし、パンサーはいくつもの赤炎の塊を撃ち出した。熱の塊は彼を追い抜き、緑豊かな屋上庭園とそこに詰めるシャドウを瞬時に呑み込んだ。
「なんだ……お前……!」
怒りとも焦りともつかない声を上げたのは、庭園の手前で待ち構えていた工藤経助その人のシャドウだった。赤く燃える炎に照らし出された顔はそれ以上に赤く染まっていた。
それが怒りなのか炎のせいなのかもスカルには分からなかったし、そんな余裕もなかった。落下からの急停止によってかかる力はハーネスによって分散させられていても息が詰まった。
なにより、彼の手は燃え盛る庭園の中央に安置されたオタカラに触れている。
「あ〜……じゃあ、貰ってくぜ?」
辛うじて怪盗らしく皮肉っぽい笑みを浮かべてみたものの、それが決まっていたかどうかも分からない。
何故なら彼はヘリに運び込まれたウィンチによってそれなり以上の速度で巻き上げられて行ったからだ。ヘリ自体の水平方向への移動もあった。
またたく間に離れていく彼と彼の手の中の宝を追って、警備員型のシャドウらが互いを踏み合いながら小山を作っていたが、結指先を掠らせることさえないまま彼らは崩れた。
残された工藤は明確な怒りによって怒号と罵声を叫んでいたが、すでに聞き取ることが不可能なほど彼我の距離は離れていた。
「あああ……死ぬかと思ったわクソ……」
「傷一つなかろうに」
「うっせ! お前もやってみろってんだよ!」
再び掴みかかろうとするスカルを、今度は誰も止めなかった。掴まれたほうのフォックスですら、されるがままになりつつ彼の手からオタカラを拝借している。
「これは……なんだ?」
「登記書類かな? ほら」
手を差し出したノワールに受け渡されたのはごく薄い冊子だった。表紙には大きく、不動産登記権利情報と記されている。
「いわゆる『土地の権利書』だね。えっと……」
と、彼女はそのまま中身を覗き見ようとして、複雑な表情でそっとベルトに差し込んだ。
「あまり見ていいものじゃないよね」
思わずとはいえ己の行いを不埒と思っているのだろう、誤魔化すように笑う彼女の眼には恥じらいがあった。
さておきこれで二つに別けた部隊のどちらもが務めを果たしたことになる。あとはパレスから脱するだけだ。
「ふう……これ以上厄介ごとが起こる前にさっさと退散しよう。今回こそは―――」
平穏無事に終わらせたい、と繋がるはずの言葉は当然のように遮られる。
決して小さくない地響きと揺れが彼らの足元から襲いかかり、地表を覆う灰を舞い上げはじめていた。
「ええ……なにコレ? なんなの?」
「地震? じゃなさそうね、これは―――」
ふり返ったクイーンの視線の先にはつい先ほどまで見下ろしていた未完成の塔がそびえている。パレスそのものさえ揺さぶるような振動は明らかにそこからやってきていた。
「これ誰のせい?」
「スカルが雑に盗ったからじゃないか?」
「なんで俺だよ! クイーンの操縦がヘッポコだったからだろ!?」
「今そういうこと言う!? いい度胸してるじゃない!」
「クイーン! グーはダメだよ!?」
責任の押し付け合いからおこる醜い争いははるか上空から見下ろすジョーカーたちにも伝播する。
「いやぁこれ……なあ? ……だろ?」
「まあねぇ。そうねぇ。そうなるなぁ」
ジョーカーとナビの視線は遠慮がちではあったが間違いなくゴーストに突き刺さっていた。
「あ、はい」
振り子のおもちゃのように首を振る以外に彼ができることはなかった。もっとも彼に言わせれば、じゃれ合っている間にここを脱せばいいだけだ。侵入点から距離のあるこちらはともかくクイーンたちはすぐ間近に立っているのだから、さっさと逃げてしまえばいい―――
「……なにあれ、バッカじゃないの?」
噴煙のように視界を塞いでいた灰はいつの間にか晴れ、そう言い表すにふさわしい光景が広がっていた。
パレスの中心である塔が地上にいる面々の眼に先より大きく捉えられている。それというのも塔自身が前進して彼らに迫っているからだ。
無数に並んだ巨大な無限軌道によって足元の空き家や残がいを巻き込みながら突き進む姿はいっそ雄々しくもある。
「……ありえない。どう考えたって自重を支えきれないはず……」
「全体の調和が悪いな。美しいとは言い難い」
「移動要塞ガンヴァルギャンみたいな名前ついてそうじゃね」
「みんな、落ち着いて正気に戻ろう?」
困り顔で告げるノワールにしても、モナの肉球を摘んでいるから見た目以上に混乱しているのだろう。そのモナは言葉を失って尾を膨らませてしまっていた。
さて、天上からその光景を見下ろすほうはといえば、あちらよりはよほど冷静ではあったが、口から出るのはやはり与太ごとだ。
「はーん、なるほどこりゃ高さにこだわらないわけだ」
「こういうのあったよな。ほら、外国の掘削機にさ」
「ああ、ロシアだかドイツだかのやつでしょ。あれカッコいいよね」
こいつはなんだかあまりロマンをくすぐられないが。
遠い目をしてゴーストが述べることに、ジョーカーもナビも深く頷いた。