25:The Only Neat Thing To Do

 一夜明けた翌日の正午過ぎ、新島と双葉、そして奥村は、再び渋谷の駅近くに集っていた。
 普段集合する出口とは正反対の方向へ伸びるデッキ網の上、寒風から逃れるように身を寄せ合う少女たちの前には地上十四階建ての威容を誇る建物がそびえている。
 大きな看板には渋谷警察署の文字が威信とともに掲げられていた。
「……駄目、やっぱりイセカイナビも反応してくれない」
 ゆるく首を振り、新島が物憂げな吐息を漏らした。陽射しがあるからか息は白く染まるほどではなかったが、そこに籠められた陰鬱さはこの陽気にあってなお彼女の胸のうちが暗雲立ち込めていることを教えている。
 このため隣でじっと警察署の出入り口に目を向けていた奥村は、釣られてこみ上げるため息を呑み下すのに幾ばくかの努力を要した。
「……ちゃんの中にあった印も、一緒に持っていかれしまったのかな……」
「多分ね」
 苦々しく返して新島は手にしていたスマートフォンをコートのポケットにねじ込んだ。
 前日、弾き出されてからこちら、彼らは一度たりとも異界への侵入を果たせていない。それはその場の混乱もあったが、なにより奥村の語る通り、侵入のための鍵であったがその資格をむしり取られたせいだろうと彼らは目している。
 打つ手を封じられては手も足も出ない。
「……双葉、そっちはどう?」
 悔しさを噛みしめる二人の視線は足元にしゃがむ双葉のもとへ降りる。
「ん……あいつは平気そう。ちゃんと牢屋のナカだ」
 その小さな手の中のスマートフォンにはメッセージアプリが起動され、短く『問題なし』とだけ返信が寄越されていた。
 獄中の頭領の位置情報自体は昨夜のうちから把握済みではあったが、こうやって直接返信があってやっと確かめられるものもある。例えば今したように、コソコソ隠れて指先を動かすことくらいはできる状況下であるとか。
 こうなると、先んじてモルガナを忍び込ませて連絡手段を確保できたことは幸いだ。
 ただしそれは―――
「不幸中の、か……ふう……」
 この前日、廃人化同然の状態と化した立花を病院へ搬送する際、付き添ったは混乱のさなかそこで怪盗団の手を離れてしまった。
 それだけならば夜が明けるのを待って合流すればいいだけの話だが、立花の容態からかつての事件の残り香を嗅ぎつけた怪盗団の仇敵―――警視庁公安部は予想以上にすばやく動き、の身柄を事情聴取という形で拘束した。
 もっと以前からマークされていた―――あるいは十二月の末から今まで、一度は緩んだ監視が継続されていたのだろう。取り逃した因縁の相手、獅童正義の『お太鼓持ち』がなんらかの手を回したということもありそうだ。
 世界を塗り替えようとしていた偽神を斃した後も怪盗団の≪敵≫は多い。考えようによってはこの現実世界でのほうが厄介な相手は多いのかもしれない。
 ままならぬ現実への焦燥感と悔しさは肌にまとわりつく冷感を忘れさせるほど彼女たちの内側を焦がしていく。
 結局自分たちはまだ、社会的になんの力も持たない無力な子どもでしかないというのか―――
 けれどその子どもという身分が役に立つこともある。
 ずっと警察署の出入り口を見張っていた奥村が待ち望んだ姿を見つけて「あっ」と大きな声を出した。
 新島と双葉もそちらに顔を向けると、消沈した様子のが背の高い女性に伴われてよろよろと歩いている姿がある。
「よかった、お姉ちゃん……」
 ほっと安堵の息をついた新島を、地上からよく似た顔つきが見上げている。

 新島冴は当然の顔をしてを彼女たちに引き渡すと、そのまま慌ただしくその場を立ち去った。
「未成年を親の同席もなく事情聴取なんて、普通はあり得ないのよ」と言い残して。
 じゃあ私たちのリーダーは普通じゃなかったのか―――
 とは言い返さず、そもそもあれは事情聴取ではなく現行犯逮捕からの被疑者への取調べであったと理解している―――もちろんその上で彼が受けた仕打ちは十分過ぎるほどの越権と暴走が垣間見えた―――から、接見禁止は納得できなくとも理解はできる。
 今もあの意外と幼気な顔に残る小さくなった痣を見るたびはらわたが煮えくり返りそうになるものだが、それは、今は置いておこう。そのうち借りは、何十倍、何百倍にして返す。
 そんなふうに考えている間に冴は遠ざかる。辞表提出前の最後のひと仕事が大詰めに入っているらしい。
 お説教のひとつはぶたれるかと思っていた双葉などは脱力してしまうが、それは新島が単独ですでに請け負ってくれていたとのことだった。
「ごめんねマコちゃん。辛いことばかりさせて……」
「気にしないで。そんなに悪いものじゃないのよ?」
「キマシ? キマシ?」
「なに? その呪文……」
「古の百合の女神を召喚して塔を建てる呪文」
「それって邪神だよね?」
「場合によってわ」
「どうでもいいよ、もう」
 双葉の無駄口をすっぱり切り捨てて、新島は俯いたままのに歩み寄った。
、大丈夫? なにかひどいこと、されてないわよね?」
 トントン、と二回肩を叩かれて、はやっと顔を上げた。
 出迎えた少女たちはその悄然とした顔つきに言葉を飲み込む。
 腫れぼったい目元に、白い顔色。唇は乾いていて、制服の襟元も乱れている。
 よもや眠ることも食事をとることも許されぬまま拷問めいた聴取が行われたのかと少女たちは訝しむが、はきっぱりとこれを否定した。
 場所をルブランに移しがてら、彼女が語った経緯はこのようなものだった。
 病院へ立花を搬送し、付き添いのは待合室で一人まんじりともせずじっと立花の両親が駆けつけるのを待っていたのだという。
 立花の両親は都内在住だ。程なくして現れた彼らはの姿を見つけ、たいそう驚いてみせた。
 それも当然のことだろう。娘が行方不明になってからこちら彼らも捜索に手を尽くしていたが、幻想めいた真実にまっとうな手段でたどり着けようはずもなく、娘が本来いた場所にが据えられていたことなど知る由もない。
 は申し訳なさを噛み殺しつつささやかな嘘をついた。立花の行方を探す手掛かりを求めてこちらへやって来ていたのだと。こちらで人間関係のトラブルを抱えていたのかもしれない、と。
 立花の両親はそれで納得してくれたが、続けて現れた男たちはそうもいかなかった。
 所轄の刑事と名乗ったスーツ姿の二人組はに同行を求めた。任意での捜査協力という名目だった。
 立花の両親はこれを咎めたが、娘になにがあったのかを調べるためだと言われると、なんとも言えない表情で引き下がってしまった。娘の幼馴染であるということは彼らにとっても長い付き合いがあったということになるが、相応にその身上を思いやれても血の繋がった娘と比べれてしまうと……
 はこの選択に目をつむり、病院を立ち去った。それで場所は渋谷警察署に移ったというわけだ。
 さて、それでじゃあ、そこで酷い扱いをされたのかといえば、は嘘偽りなくノーと答える。
 警察署に到着してすぐ軽食が振る舞われ、二三の簡単な質問―――名前と連絡先―――をされて、その後は仮眠用のベッドが貸し与えられた。
 実際のところ、管轄区域の警察官は公安からの要請で身柄の確保を依頼された身分であるらしい。とにかく、こちらの担当が行くまでその少女を留め置くようにと要求されたのだと。
 だから、申し訳ないが。
 そういって一人にされたは、出された食事にも手を付けず、寝台に横たわることもなく呆然とし続けた。
 眠ることなど到底できなかった。
 なにが起きたのか、立花はどうなったのか……一度だけネットで見かけたニュース映像がの頭の中でくり返し再生されて続けていた。
 ―――上品なダブルのスーツに身を包んだ男性が、消沈した表情でカメラのフラッシュを浴びている。なにかを告げようと口が開閉するが、出てきたのは苦痛に満ちた唸り声だけだった。
 喉を掻きむしり、血を吐きながら受け身も取らず倒れ伏した次の瞬間、画面は白く塗りつぶされ、『しばらくお待ちください』というテロップが表示されるきりになる。
 奥村邦和という名の、国内大手ファストフードチェーン店の代表取締役社長だということくらいは、も覚えていた。
 彼女はそこでやっと、仲間のうちの『奥村』が、その『奥村』であることに気がついた。
 結局その後、懸命の処置にもかかわらず奥村邦和氏は急逝したという。
 そしてその様は、異界で目撃した立花の異様な様子と酷似していた。
 の思考はそこで強い拒絶感から一切が停止し、しばらくの後に映像の再生に巻き戻る。
 そんなことを朝方までくり返し、やっと公安部所属を名乗る担当刑事が現れる。
 彼は所轄の刑事とは打って変わって厳しい態度でに様々な質問をぶつけたが、これは順番が悪かった。
 彼は事情聴取を始める直前、を精神的に揺さぶるためだろう、立花の現状を言って聞かせた。
 怪盗団にとってはある意味では幸いだった。これは彼女を打ちのめし、泣きじゃくって以後一切の問いに答えることができなくなってしまったからだ。
 そうこうしている間に妹から連絡を受けた冴が現れてを強引に連れ出した。
 つまりが憔悴した様子でいるのは、なんということはない。公安のせいではなく、ただ彼女の自責の念によるものだというだけだ。
!」
 新島と奥村が支えてやって、やっとたどり着いたルブランのドアをくぐるなり、心配そうな顔が彼女たちを出迎えた。
 モルガナは当然としても、坂本や高巻に喜多川はまだ授業中のはずの時間だ。新島は厳しい目を彼ら―――カウンターのむこうのマスターにまで―――向けた。
 真っ先に駆け寄った高巻はその視線に気圧されたのかの肩に飛びつく寸前でたたらを踏み、逆再生めいた動きで坂本と喜多川の背の後ろに隠れてしまう。
「あっテメ杏、こういう時だけ!」
「待て真! これにはわけが……!」
「へえ?」
「……そ、創立記念日で……」
「そりゃねえよおイナリ……」
「マスター、いつものお願いします。さ、ちゃんも座って?」
 いろいろ長々言い訳をしていたが、二年生組の言い分をまとめるに要はの様子が気掛かりなあまり授業に身が入らずサボタージュを敢行してしまったということだ。
 もちろん、新島はそれで納得はしない。
「こっちは私たちに任せてちゃんと授業を受けなさいって言ったでしょ!?」
「だって! あんなのあったあとに授業なんて聞いてらんないよ!」
「そうそう。もうウワのソラ過ぎてなにやってんのか全然……」
「竜司はいつものことだろー」
「ほっとけ!」
 などとひと塊になってやりあっているとその騒がしさに釣られたかのように、数少ないルブランの常連の一人がドアベルを鳴らして顔を覗かせる。
「あれ、こんな時間に珍しいね。君たち学校は?」
 店内に置かれた古ぼけた時計を見ながらそう言ったのはまだ三十代も半ばといった男だ。彼らはそっちこそ仕事はどうしたと言い返しそうになるのをグッと堪えて視線を交わし合った。
 馬鹿正直に事情をすべて説明するつもりは当然ない。かといってそこを省いて学校サボりましたなんて告げるのもよろしくはないだろう。ただでさえ客足少ないルブランに妙な噂―――不良のたまり場―――が立っては申し訳が立たない。
 頷き合って、若者たちは声を揃えて言った。
「創立記念日です―――」

 逃げるように屋根裏部屋に避難した少年たちは、サボタージュの件は一先ず脇に除けておくこととして、当面の問題について議論しようと各々の定位置に腰を下ろした。
 この場合、の定位置はベッドの上だ。彼女はすっかり冷え切った指先を温めるかのようにコーヒーのカップを両手で握り締めて俯いたままでいる。
 促されるのを待っているのかと坂本あたりが声をかけようとすると、彼女はちょうど意を決したように顔を上げた。
「つ、紬は……」
 病院で、と唱える声は震えている。
 立花の状態については新島たちもまだ聞かずに済ませていた部分だ。同じ話を二度させるのは辛かろうとあえてそうしていたのだが、それは功を成していたのか、続く言葉は掠れ震えていても不明瞭ではなかった。
「もう自分じゃ呼吸もできてないって。意識もなくて、心臓は動いてるから、人工呼吸器で。でもそれも長くは続けられないって……」
 けれどどうしても、そこには自責の念が垣間見える。
 怪盗たちは沈黙して去年に始末したはずの一連の事件を胸に返した。
 精神暴走・廃人化事件……彼らと同じ≪改心≫を利用した犯行は多くの死傷者を出し、社会に不安と混乱を振りまいた。
 けれど今やその黒幕たる獅童正義の身柄は司法の手に委ねられている。その罪状と相応しい罰が決定されるのはまだずっと先だろうが、それでももうあのような惨事は起こらない。そのはずだ。
 翻っての語る彼女の状態は、厳密にいえば廃人化とは多く違いが見受けられる。
 しかしそのたどり着く先は同じだろう。
 双葉は異界から弾き出される直前、立花から≪心≫の核であるペルソナが抜き取られたことを察知していた。
 ペルソナは心の一部だ。全てではないが、しかし双葉が言うには怪盗たちと違って立花やのものはより肉体に根差したものなのだという。現象としては同じものでも、そこに至る過程に差異が見受けられるのだと。
「だから、たぶん、実際には廃人化ともちょっと違うんだ。医学的なことはわかんないけど、その……脳死ってのがいちばん、近いとおもう」
 極めて慎重にであっても、囁かれた≪死≫という語句には震えあがった。
「どうしよう……どうしたらいい? せっかく取り戻せたのに、紬が、紬を……私……なんのために君たちを傷つけてまでして……」
 食いしばられた口元が彼女の意志に反して歪んだ。それが泣き出す直前の兆候だと本人も自覚しているのだろう、カップを握る手にますます力がこもり、水面に波紋を浮かべる。
 それを見て立ち上がったのは喜多川だった。彼は大股の二歩と半分で彼女に歩み寄り、間近に迫ると小さな子供をなだめるようにその細い肩を叩いた。
、顔を上げるんだ」
「っ、祐介ぇ……」
 青ざめた顔が彼の真摯な眼差しを受け止めて真っすぐに上げられる。目尻に溜まった涙はもうあと瞬き一度でこぼれ落ちそうだ。
 そしてそんな彼女の眼前で、喜多川は両手を差し出して強く打ち合わせた。
「フギャッ!?」
 屋根裏中に響いた破裂音には猫のような悲鳴を上げて定位置から転がり落ちた。彼女のみならず、喜多川の思わぬ行動には皆一様に驚かされた。席を立ったりずり落ちかけたり、同様転がり落ちたり、尾を膨らませたり……
 したり顔で彼は言った。
「やはりこれだな」
「なっ、なに……いまのなに……」
「気付けだ。なに、礼はいらんぞ。下でコーヒーの一杯でも振る舞ってくれればそれで充分だ」
「要求してんじゃねーか」
 腰を抜かした坂本には、よろよろと椅子に戻りながらそう言ってやるのが精いっぱいだった。
 そのあまりの情けない様にか、奥村が殺しきれなかった忍び笑いを漏らしはじめる。
「うふふっ……ふふ……ごめんね、二人とも。モナちゃんも。んふっ、ふふっ、ごめんなさい……おかしいっ……」
 コロコロと笑う彼女の姿に緊張や驚きがほぐれてしまうのに時間はかからなかった。
 笑いは脱力感とともに伝播し、どこか怖気づいてしまっていた気勢を盛り返させる。喜多川がこの効果までもを狙っていたかははなはだ疑問だが、彼は満足げにして仲間たちを見回している。
 その視線を受けて、高巻は呆れと感心をない混ぜにしたため息をつきながら肩をすくめる。
 大仰な仕草は自然との視線を吸い寄せる。すると高巻は今度はいたずらっぽく片目をつむってみせた。
「きっとね、アイツならこんなときこう言うよ。『まだ負けてない』って、すっごくエラソーにね」
 これに、膨らんだ尾を自ら踏みつけて押さえていたモルガナが、どこか卑俗的な笑いをもらす。
「へっ、想像ついちまうよな、まったく……あれで内心ビビってんだぜ?」
「言ってやんなよ」
 そこは公然の秘密というやつだと、坂本は隠そうともせずに快活に笑った。
 それから彼は今度こそ椅子に戻り、気合いを入れる儀式の一つか、己の手の平に拳を打ち込んでみせる。
「うっし! んじゃ、とりあえずまずはやれること全部試してみっか!」
 大して広くもない屋根裏部屋に朗々とやかましく響いた声に、怪盗たちは各々好きなように返事を返して膝を向き合わせる。
「そうだな。盗られたというのであれば、盗り返せばいいだけだ」
 同意した喜多川はの手を取って元の通りに座り直させると、自身はそのままそばの空いた椅子に腰掛ける。
 ……やれること全部って? とり返すってどうやって?
 呆然とするの眼前でテーブルが引き出され、その上に持ち込まれた菓子や下で注文したコーヒーやらが並べられる。辛うじてカレーを注文する猛者は現れなかった。
 カレーだけに……とは誰も言わなかったが、坂本は食べ損ねた昼食のカレーパンをかじっている。
 いつもの作戦会議の体が整えば、頭目が欠席している今音頭を取るのは新島の役目だ。
「それじゃあまずすべきは立花さんの≪心≫の奪還だね。これは絶対目標よ。状況がどう転がろうが、これは確実にこなす必要がある」
「それさえできりゃ連中の目的も止められんじゃねえの? むこうが使えんの、今ンとこ立花さんのペルソナだけだろ?」
 咀嚼の合間に坂本が述べたことに、奥村が温かな紅茶に息を吹きかけながら応じる。
「それで諦めてくれればそれでよし、だよね。そうでなければ……あの方々自体を斃すことはできると思っていいよね? 今までずっとそうだったんだし」
 蛇も猫も、巨人も羽虫も甲虫も、いずれも強敵ではあったが斃すこと自体は可能だった。彼らは神ではあるが、不死ではない。これもまた確然とした事実だ。
 であれば、あれらもこれまでも同じ対処が可能だろう。
 着々と進む会議には戸惑いがちに口を挟んだ。
「で……でも、もうイセカイナビは動かないんだろう? 私にあったなにかしらの因子が抜き取られてしまったから、そもそもあの異界に入る手段が……」
「ところがどっこいしょ」
「どっこいしょ?」
 遮ったのは双葉だった。彼女の前にあるのはラップトップパソコンと炭酸飲料、それから冬季限定のチョコレート菓子だ。
 口溶けのよいチョコレートを舌の上で溶かしながら、双葉は急ぐでもなくキーボードの上に指を滑らせている。液晶の画面には何某かのプログラムコードが表示されているが、読み取ることができる者はこの場に彼女以外は存在しない。
 C言語系の合間に挟まれるヘブライ文字は、仰々しい構文で神の御名を唱えている。
「覚えてるか? あの死神―――わたしらは≪刈り取るもの≫って呼んでるけど、あの強力なシャドウは、ホントならメメントスにしか現れないんだ」
 それなのに、と区切りつつ、双葉は手元のチョコレートを一つつまみ上げてに放り投げた。
「あいつはあの禁足地の異界に存在していた」
 皆がやばいやばいと大はしゃぎした挙げ句、パンサーの『お大尽』まで振る舞われた一幕はまだ記憶に新しい。
 危なげなくチョコレートを受け取ったはなんと答えることもなく、ただ小さく顎を引くに留めた。
 代わりにではないだろうが、モルガナが双葉の発言を肯定した。
「そうだな。あそこはたしかに異界だったが―――同時に人々の無意識の集合に近い場所に在ったんだろう」
 禁足地だから『そう』なったのか、それとも『そう』だからこそ禁足地となったのか。因果関係の前後は解らないが、モルガナが語る以上間違いのないことだろう。
 なにしろ彼はその無意識の集合から汲み上げられた存在だ。故郷のニオイには人間ですら敏感なのだから、いわんや猫の肉体を持つ彼にとってはいかほどか。
 双葉はもう一度チョコレートを放り投げた。今度は喜多川に向けてだ。
「そう。だから、メメントスに行ってわたしがサーチすれば、あの竹やぶにつながる道が見つけられるとおもうんだよ」
 坂本と高巻に。二人はすぐに包みを開けてチョコレートを口に放り込んだ。
 喜多川はじっと個包装されたパッケージを見つめている。そこに印刷されたアラベスク文様の鮮やかな反復に興味を惹かれてしまったのだろう。
 そばのは湧き上がる疑問に手一杯で、せっかくのチョコレートが溶けるのも構わず手の中に握りこんだままだ。
「だけどその、メメントスとかいうのは消えたんじゃないの?」
「まあな」
 新島と奥村もまたチョコレートを受け取った。
「だけど、そう言うってことはなにか考えがあるのね?」 
 指先ほどの小さな一粒を口にいれながらの新島の問いに、双葉は大きく首を縦に振った。
 メメントス―――大衆のパレスであるあの場所は、その巨大な宝にして意志の集合体である偽神とともに消滅した。
 だからこそ今もこの世界がこれまで通りに続いているのだと彼らは知っている。
「あれは、そのへんを歩いている連中の心の奥底に眠ってる、歪んだ欲望が形になったものだった」
 無数の人々が声には出さずとも望んでいたことは一括りに言い表せば思考の放棄だ。メメントスの最奥では生理、安全、衣食住といった低次の欲求から、承認や自尊心の欲求、さらには自己実現という頂点さえもが忌み嫌われ、遠ざけられ、人々は自ら檻の中へ身を投じていた。
 それは誰もが無責任な傍観者になりたがっていることの証明に他ならない。
 安全な檻の中で思考を捨て、自由であるはずの外で懸命に足掻く他者を、まったく傷付くことなくあざ笑って自らの優位性を獲得する。あるいはその優位性への渇望さえもがあそこでは奪い取られていた。
 地下深くにあったのはそんなおぞましい光景だった。立ち向かおうとする子どもたちを一度は絶望させるには充分過ぎるほどの―――
 そこへもう一度と双葉は言い、そして誰もこれを否定しようとさえしないでいる。には二重、三重もの意味で信じられない状況だった。
「もう一度、大衆の心理をひとつの欲求に繋げることができれば、行けるかもしれない」
「ふーむ……あれほどしっかりした≪道≫になるかは分からねぇが、それができりゃ≪穴≫くらいは空くだろうな」
 再びモルガナが肯定する。『専門家』のお墨付きとなれば、道筋自体は通ると思っていいだろう。
 しかし……
「そんなの可能なの?」
 の疑問は尽きることはなかった。彼女の問いはメメントスの復活にではなく、そのための手段へ向けられていた。
 大衆の欲求を一つに向けさせるなど、到底可能とは思えない。
 双葉は長椅子の上であぐらをかき、腕を組んで重々しい唸り声を上げる。
「んんん、望みどおりになるかどうかは不明だけど、呼びかけることくらいは、できるぞ」
 そこでやっと以外の面々は双葉がなにをしようとしているのか察したのだろう。ポンと手を打っては頷き合いはじめた。
「あー、アレかぁ」
「他に思いつく方法もないわね」
「準備しないとだね、ふふっ」
「え? え……?」
 まるで遠足の前日のような風情の怪盗たちから一人取り残され、心細げに首を傾げるに、彼らはその方法を手短に説いてやった。
 なんということはない。ネットにアップロードされた動画を一つ二つ見せるだけでいい。
「あ、これ、見たよ。あそうか、これ君たちだったのか。そうか。怪盗団だもんね。ああ、そうか……」
 得心してしきりに頷いてみせる彼女を前に、怪盗たちはちょっと自慢げだ。有名人ってこんな気持ちかしら、とでも言いたげだった。
「どうせやるなら、をメインにしよう。新メンバーのお披露目だ、派手にいこうぜ。にひっ」
 双葉の手指がリズミカルに動き始める。すでに一度はやった手順だ。その手はいつも以上に迷いなく動いている。
 他の面々もそれじゃあと準備のために立ち上がった。
 するとはまた置いてけぼりをくらって、不安げに一同を見回す羽目になってしまう。
 それを哀れに思ったのか、逸る彼らを奥村がやんわりと引き止めた。
「みんな、掟のこと忘れてない?」
 うっと呻いて動きが止まる。どうやら新島さえもがこれを忘れてしまっていたらしい。
「そうよね。全会一致なんだから……の決も取らなきゃ。ごめんね」
「いえ、それは、いいんですけど……」
 だけど、とはしばらくずっと握りっぱなしになっていた拳を開いた。
 当然そこにあったチョコレートは溶けて形を失ってしまっている。これはいかんと封を切るも、ビニールの裏側にベッタリと貼り付いたチョコレートを食べるのにはちょっとみっともない真似をしなくてはならなさそうだった。
 悲しげに手のひらの中を見下ろす彼女に、奥村が少し考えてから声をかけた。
「それで、どうかな? やればいよいよあなたも私たち……怪盗団の一味ってことになるよ。心構えの問題じゃなくて、世間の認知としてね」
 次は事情聴取ではなく、尋問や取調べになるかもしれない―――
「えっ? ああ、それは構わないよ。紬の……いいや、自分のためだ。やれることはなんだってする。それが怪盗団の末席に加わることだっていうのなら、かえって名誉なことじゃないか」
 優しい声色の脅しに対する返答はあっさりしていたし、返るまでに時間もかからなかった。
 やるかやらないかの二択なら、それは当然、やるに決まっている。そこは初めから分かりきっていることだった。
「だけど……」
 しかしの戸惑いはどうやら、そこには関わっていない様子だ。
 怪盗たちは首を傾げて彼女の言葉の続きを促した。
「逆にさ、どうしてそこまでしてくれる? 怪盗団のシゴトとはあまり思えない。だってこの話に、改心させるような悪党は出てこないよ」
 今度は怪盗たちがポカンとさせられる番だった。
 確かに内容を鑑みれば『怪盗』っぽくはない。人類の隆盛だとか、神々の思惑だとか、そんなことは一介の高校生である彼らにはどうでもよいことだ。
「んまぁ、世界がヤバいって言われてるのも気にはなってるけどさ……忘れちゃった?」
 高巻はちょっと照れくさそうにして、細い指先に金糸の髪を巻きつけた。よく磨かれた爪と手入れされた髪は、窓から差し込む冬の鈍い陽を受けてキラキラと輝いている。
「最初に会ったとき、私のこと助けてくれたじゃん。めっちゃ必死になって、すっごい息きらせて、そのへんにあるもの掴んで―――あんときの、かっこよかった。オトコだったら惚れちゃってたかも。なんて……」
 はにかむ彼女に釣られての頬がぽっと赤く染まる。同性であっても抗い難い美貌というものを彼女は生まれて初めて目にして、ひゅっと喉を鳴らして息を呑んだ。
 その横で、贅沢にもすでにすっかり高巻の見た目に慣れ切った坂本はこれといった感慨もなさそうに言う。
「つーかそんなんなくても俺らダチじゃん。それじゃダメなん?」
 誰に向けての疑問符かは判然としないがとりあえず全員がこれに頷いてみせた。それでよいと意思を込めて。
 そうやって理由を探しはじめると、皆それぞれに思い当たるものがある。
「モナ、探すの手伝ってくれたよな。おまえだって大変だったのにさ」
「い、いや別に? ワガハイは探してくれとはいってねぇけど。……でもまあ、借りたまんまはカッコ悪ぃからな」
 ぶちぶちと言い訳がましいモルガナの尾を双葉の手が掴んだ。
「ギャアッ! なにしやがる!」
「ねこうっさい。ツンデレ気取りか」
「ダレがツンデレだっ! ていうかネコじゃねーよ!!」
「ここまでテンプレ」
 モルガナは唸り声上げて牙と爪をチラつかせるが、双葉はどこ吹く風だ。彼が本当に噛み付いたり引っ掻いてきたりしないと知っているからこその余裕だろう。
 捻くれた甘え方を咎めるべきか諌めるべきか、新島は少し迷ってから放っておくことにして、に向き直る。
「まあ……そういうことね。別に貸し借りなんて言うつもりもないけど、リーダーの件は有耶無耶にできない大きな借りよ」
 そうだね、と奥村が追随する。彼女は膝の上に置いた手を揃えて、深く感謝の念をに向けている。
「彼のことも、モナちゃんのことも……今さらになっちゃうけど、手を貸してくれてありがとう」
 皆から向けられるものには慌てた様子で喜多川を振り仰いだ。助けを求めるためでもあったし、意見を求めるためでもあった。
 果たして彼はただ静かに言う。
「……お前もそうだろう?」
 それは二人だけの共通言語だ。意味を理解できるのは喜多川とだけだった。
 分かち合っている限りは、いかなる重荷も痛苦も気にならない―――つまり彼は、この重荷を手放すつもりはないと訴えている。
 はそう囁かれたときの感覚を胸に返して、幾度かまばたきをくり返した。そうすることでより強くこの少年の意思を感じとろうとするかのように。
 やがて彼女は小さく息をつき、背すじを伸ばして顔を真っ直ぐに上げた。
 唇からはいつもの言葉がこぼれる。
「わかった。やろう。ピチピチのスーツでもなんでも持ってこいってんだ」
「いやー、やっぱ分かってないよな?それ……」
 別にそんなものを着込む必要はないのだと彼女に理解させるのには、準備よりよほど時間が必要だった。

……

 塾や予備校帰りの学生や会社帰りの社会人と観光客、それからすでにほろ酔い気味の酔客で賑わう渋谷の駅前は、寒風吹き付けてなお冷やすことのできない人いきれに包まれている。
 ざわめきと雑踏、信号や街頭テレビ、店々から漏れるBGMやラジオがそこかしこに溢れ、重なって美しい調和とも、耳を塞ぎたくなる不協和音とも思える音を作り出す。
 活気こそが人の生きる証であると証明するかのように、渋谷の街は夜になってなお明るく、絶え間なく騒ぎはしゃいでいる。
 けれどそこを行き交う人々に繋がりはほとんど無い。同じ地を踏む以外は皆、他人同士だ。それは別段不思議なことでもなんでもなかった。
 視線は皆違うところを見つめている。足元やビル壁、街路樹や植え込み、ショーウィンドウのむこうに飾られた商品、街灯やランドマーク、看板、あるいは手元のスマートフォンや、友人家族、恋人の顔―――
 しかしやがて、彼らは一つに引き付けられる。
 それはまず、デフォルメされた猫が牙を見せて笑っているようなシンボルとして現れる。
 つい先ほどまで報道番組を、店舗情報や販促を、バラエティや注意喚起を流していたはずの様々な街頭ビジョンは、すっかりその猫のようなものに支配されてしまっていた。
 頭だけの猫は生意気そうな目を細め、口を大きく開けてあくびを一つ。
 それから、やたらと尊大な口調で告げた。
『諸君! しばらくぶりだな! 元気でやってたか?』
 わあ、とどこかで歓声が上がった。おそらくその集団や個人は、その声を待ち望むタイプの者だったのだろう。
 白い背景に浮かぶ猫は愉快そうに笑うと、水風船のように弾けて消える。その際、画面は真っ黒に塗りつぶされてしまった。
 暗転したのかと思いきや、そこに高らかな音が鳴り響く。
 水平方向にカメラが動くと、真っ赤なボディスーツに身を包んだ赤い仮面の少女らしきシルエットが現れる。正体の知れない小さな光源以外にない薄闇の中だ、正確なボディラインや顔は窺い知ることはできなかった。
 なんにせよ、音は彼女の高いヒールから発されたものだ。
 彼女はひらひらとカメラに向かって手を振ると、朗らかに語りかける。
『えっと、ちょっとぶり? もうみんな、ウチらのこととか忘れちゃった?』
『ま、別にそれでも構わねぇけどよ。……でもちょっとは覚えてんだろ?』
 いかにもガラの悪そうな金髪に髑髏面が赤い仮面の少女の隣に並んでいた。またその隣には、黒のマスクをつけた銃士めいた格好の少女が佇んでいる。
 彼女は丁寧な口調で告げる。
『今回は予告ではなく、みなさんにお願いに上がりました』
 また彼女は、一歩後ろに隠れるように縮こまっていた少女の背を押し、優しく肩を叩いて促した。
 見るからに緊張した様子でいるのは、真っ黒なコートの下にセーラー服の少女だった。目元は安っぽいプラ製らしきベネチアンマスクで隠されているが、晒された口元が震えているのは明らかだ。
 すうっと音が聞こえるほど大きく息を吸った彼女は、一度むせ込んでから、震える声で人々に訴えた。
『あ、ある女の子が、ひどい連中に、ひどい目に遭わされているんだ。その子は、私の大切な……大切な友だちで……でも私じゃ助けることもできなくて……それで、ええと……あの……』
 言葉に詰まった彼女の眼が脇に向かうと、椅子に腰を下ろしていた人物が二人、立ち上がる。狐面を付けた背の高い少年と、鈍く輝く鋼鉄の仮面で顔を隠した少女だった。
『口惜しいが、今回ばかりは俺たちだけの力ではどうすることもできない』
『だけど、敗北を認めたわけじゃないわ。当然ね』
 再び息を吸う音が響く。
『お願いだ。あの子を助けるために……特別なことをしてほしいわけじゃない。ただ……』
 見ている方が緊張しそうなほど拳をかたく握りしめた少女は、まだ震える声で、しかし真っ直ぐにカメラを―――映像を目にする人々全てに心から訴える。
『ただ、皆も鞄に石を、つめてほしい』
 それだけだと告げて、彼女は深々と頭を下げた。
 映像はそこで再び完全な黒一色に戻り、猫らしき生き物の目だけが開かれる。
『以上だっ! よろしく頼むぞ、皆の衆。んじゃ、またな!』
 ブツン、と古いブラウン管テレビが電源を落とされたときのような音と効果を残して、映像は途切れる。そして、まばたき一度の間に何事もなかったかのように元の映像が流れ始めた。
 それが夢でないことは、報道番組の速報やトレンドワードを流す電光掲示板と、なにより常にないほどの騒がしさが証明していた。
 そしてその中に、怪盗たちは紛れている。
「これでもお尋ね者だぞ、むふふ」
「やっぱりそうなる?」
「無差別電波ジャックだかんねぇ……ちょっと言い逃れできないでしょ」
「こんだ目撃者もいるしな。あー、もうネットに上げられてるわ」
 ほら、と坂本が差し出したスマートフォンには、動画サイトにアップロードされたつい今しがたの映像が映っている。スマートフォンで撮影したらしいそれは手ブレがひどく、同じようにスマートフォンを掲げる他社の手が映り込んでいる上に周囲のざわめきも強い。だというのにすでに千回以上の再生がされていた。
 それを横目で眺めて、喜多川は満足げに鼻を鳴らした。
「だが危険を冒す甲斐はあったようだな」
 その視線の先には連れ立って歩く女子高生らしき少女たちがいる。
 その会話はもちろん、先の映像に関してだ。
「なんか、怪盗団の新メンバー? っぽいヒト、めっちゃ声震えてなかった?」
「緊張してたんじゃないの。てか、他のメンツが堂々としすぎでしょ……」
「いやそれ以上にさ、ちょっと……なんか、かわいそうじゃない?」
「あー……ひどい目にって言ってたよね。誘拐? ヤバくない? 警察なにしてんの?」
「だよね。えーと、なんだっけ? 鞄に石?」
「マジで入れてんの草」
「だってさー」
「要するに重くて硬いもんって意味じゃないの? 辞書で十分じゃない?」
「あ、そっか。そしたらあんたも入ってるもんね。これでとりあえず二人分じゃん」
「……まーね」
 似たようなやり取りがそこら中で交わされていた。
 本当に石を拾う者もあれば、そこの女子高生らのように代替品で済ませる者もあれ、くだらないと笑い飛ばす者ももちろんいる。
 けれど間違いなく、ここに大衆の心は一つの方向を向いていた。
「皆、こちらの要求通り意思を固めてくれたみたいだね」
 今こそ元祖イセカイナビを起動し、メメントスに侵入すべきだろう。視線を交わし合う少年たちであったが、
「石だけに」という喜多川の発言に凍りついた。
 白けた空気が凍て風とともに彼らの身体を骨の芯まで冷やしていく。あまりのばかばかしさに、モルガナの尾が膨らむほどだった。
 しかしなんということか、この零下に耐え、楽しむ者が現れる。
「ぶふっ」
 氷結系スキルのように吹き出したのはだ。
 彼女は両手で口を押さえ、ブルブルと震えては顔を真っ赤にして笑い出すのを堪えている。
 信じられない光景だった。
 一夜限りの怪盗団の復活映像よりも、これから神に喧嘩を売りにいくという事実よりも、今目の前にあるクソしょうもないダジャレに笑いを堪える少女の存在のほうが、よっぽど夢幻のようだった。
「ええ……あれウケちゃうのかよ……」
「うくくっ、イシだって、しょうもな……んふふふっ、ふくくっ……」
 喜多川は、この上なく嬉しそうなくせに嫌味っぽい笑みを浮かべて、以外の全員に視線を配った。
 渾身のドヤ顔だ。向けられた者全員の額に等しく青筋が浮かんだ。
「やかましいわ。なにも言ってないけどうるっせーわ」
 唯一坂本がドスの効いた声で脅しつけたが、それも柳に風と受け流されて、喜多川は慈しむようにの頭を肩を、犬を褒めるように撫で回した。
、やはり君は逸材だ。素晴らしい」
「えっ? えへへっ? なんで? エヘ……」
「あーもういい。もう行くぞ。さっさとだ。フタバ、起動してくれ」
「ほいほい、ポチッとな」
 興奮冷めやらぬ大衆はその場から七人の男女と一匹の猫が消失したことにも気が付かなかった。