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14:The Greatest Good of The Greatest Number
「つまり」
と言って、少年はあくびを噛み殺した。
ずいぶんと長いこと話を聞かされて、退屈こそしなかったが疲れた頭が酸素を求めていた。
大きく息を吸い、身体中を血液が巡るのを待ってから、彼は再び口を開いた。
「俺のせいってことか」
どことなく拗ねたような語調に、彼の正面で背すじを伸ばして座す少女もまた唇を尖らせた。
「そうは申しておりません。きっかけでこそありますが、その後は彼奴らが目論んだこと」
「まあ、そうか。そうだな。ふーん……『その子』は今どうしてる?」
「分かりかねます。なにしろ私はあなたの救出に注力しておりましたので……けれど、あの方もまたあなたの如き≪力≫をお持ちです。滅ぼすには相応の時間と手間がかかることでしょう」
「望みはあるってこと?」
「あなたがいる限りは」
笑みを浮かべた少女に、少年は肩をすくめようとして身を捕らえる鎖を鳴らした。
そう大した広さのない牢屋に、金属のこすれる音が響く―――少年は自由のない空間にも己にも飽き飽きだと言わんばかりにため息を漏らして項垂れた。
けれどすぐに頭をもたげると、再び少女へ問いかける。
「もう一人のほうは?」
「それも、同じ理由で分かりかねます。けれどうまくすれば本来あるべき力に目覚め、自ら立ち向かうことを選択してくれるかもしれません」
「うまくいかなかったら?」
「まやかしに囚われたまま、己の力に気が付かぬまま、滅びを招くやもしれませんね」
「そうなる前に、なんとかしたいな」
「私もそう願っています。ですが……」
ふう、と息をついて、少女はゆるくかぶりを振った。扉に取り付けられた小さな覗き窓から射し込むかすか灯りが、銀糸の髪が揺れるたび反射されて星のように瞬いた。
できれば今すぐこの拘束を解いて、その髪に触れてやりたいと彼は思う。
ここへやってくるだけでも大変な消耗だったのだろう、少女の顔色は優れない。今も言葉にはしないが、部屋に施された封印とやらに抗っているか解除を試みているのだろう、話し始めた時と比べるとますます青白い。
「ラヴェンツァ」
名を呼ばれて、彼女は真っ直ぐにその男を見つめ返した。
そこには人を安堵させる力強い笑みがある。
「心配ない。あいつらはそんなにヤワじゃない」
ラヴェンツァは断言に顔を綻ばせるが、しかしすぐについと顔をそらしてしまう。
「どうした?」
「いいえ、別に……」
「本当に?」
笑い声混じりの問いかけに、ラヴェンツァは頬を膨らませた。
「いじわる」
「怒るなよ」
「ふんっ……ただ、あなたに心からの信頼を寄せられるあの方たちが羨ましいと思っただけです。私には、あなたと並んで戦うことは許されませんから……」
可愛らしい悋気に少年は笑声を漏らした。
「もうっ!」
「悪い―――ああ、そんなに怒るな。それに、背中を任せられることだけが信頼の証じゃない」
お前のことも頼りにしているよと言葉のないところで伝えられて、ラヴェンツァはたやすく機嫌を取り戻した。
なにしろこの男に頼られるということは、何者にとっても最上の幸福であり、最大の不幸だからだ。
何故なら彼は『ツイてない』者の前にしか姿を表さない。それ故かつて彼の仲間はおしなべて不幸な身の上であった。見方によっては今も。とはいえ当人たちはそれを否定するだろうが―――
ラヴェンツァは鮮やかな蒼のワンピースのしわを払って、床に置いたぶ厚い本の上に座り直した。
「私たちは―――」
そしてまた長いおしゃべりが始まる。時間は有限だったが、それだけの余裕はまだ充分あった。
「私たち力を司る者は、ただそうであるだけで≪力≫を有します。司るのですから、当然です」
「俺の苦労」
「フフ、そうですね。ですが、あなたの旅は有意義なものだったでしょう? それとも、チートで無双のほうがお好みでしたか?」
「修行回も嫌いじゃないよ」
「そうでしょうとも」
頷いて、ラヴェンツァは少年の鎖に囚われた身体を舐めるように眺め回した。
薄汚れた横縞の衣装は彼の心象によるものだ。けれどそれに包まれた肉体は、おおよそ十六、七の少年とは思えないほど鍛え上げられている。
「エッチ」
「そんなつもりは……すこしは、あるかも、しれませんが……でも、違います」
「じゃあ、なに?」
ラヴェンツァは、こほんと咳払いを一つしてから語り出した。
「はじめに申し上げましたが、ここはあらゆるもののはざま、ゆらぎの中に作られた、さらなる識閾の中です。そこにワイルドたるあなたたちが捕らえられるというのは、いかにも皮肉な話ですね」
「どういう意味だ」
「そうですね……ペルソナ使いに覚醒するにあたって、実はしやすい年ごろというものがあります。あくまでも『しやすい』程度のものですが―――おわかりでしょう? ちょうどあなたたちの年ごろが一番覚醒しやすいのです」
「思春期特有のアレ的なナニかが影響してるってことか?」
「そんなところですね。大人でも子供でもない境界線上に位置する夕暮れの存在はとても不安定で、崩れやすく、歪みやすい。だからこそ、その意志が固まった瞬間の爆発力は凄まじいのでしょう」
じゃあ、と彼は話を遮った。
「俺とお前が今、力を封じられているのは意志を封じられているからか」
「おっしゃる通りです。意思はあれど、意志を散らされてしまっています」
確かになんだか全身を倦怠感が包み、まぶたは眠気に押し潰されそうだ。思考はあるし、記憶もできているはずだが、それによって力を奮うことがどうしてもできない。
まるで引き金を奪われた拳銃のようだと彼は思う。弾はすでに装填され、撃鉄も起きている。もちろん安全装置も外されているが、ただ引き金が無いから撃ち出すことができない―――
うめき声を上げて鎖を鳴らすこと以外で彼にできることは、少女の話に耳を傾けることくらいだ。
「そういえば、大人のペルソナ使いっていないの?」
問いかけで話を促すと、ラヴェンツァは一瞬ほうけたような表情をみせた。
「そう……ですね。もちろん、おります。あなたもいずれは大人になるのですから。子どもの時分に覚醒して成人を迎える……そういう方は、結構な数、いらっしゃいますよ」
「へえ……成長してからの覚醒っていうのはないの?」
少年の脳裏に幾人かの姿が思い描かれている。コーヒーの匂いがする壮年の男と、けだる気なメイドに、エモファッションの上に白衣を羽織った女、粗末な演説台の上に誇らしげに立つ男、首からカメラをぶら下げた化粧っ気のない顔やトカゲのタトゥー……もしも彼らが≪力≫に覚醒していたら、どうなっていただろう。
想像にニヤつく彼をどことなく呆れた風情で眺めつつ、ラヴェンツァは答えてやる。
「なくはありません。ですが、経験によって固定された概念や常識といったものを打ち壊すのは至難の業。もちろん、培ってきたものが崩れたときもまた恐ろしいほどの力を発揮しますが……」
年を取ると大抵の人間は頑なになるものですから。
聞きかじった人間の知識をついでに披露するが、少年は曖昧に笑うだけだった。
そういう人もいるし、そうでない人もいる。多様性というものを説明するには、また長い時間が必要になりそうだった。
「なんであれ、その時……≪力≫に覚醒した時、あなたたち人は境界に立っています。そこは太陽も月も無い、昼でも夜でもないところです」
性質の似たもの同士が惹かれ合うように、ゆらぎはゆらぎを引き寄せる。そしてぶつかりあった二つの境界は≪力≫に変じて顕現する―――
少女は小ぶりな尻をにじって床に直接膝をつけると、長らく本来の役割を忘れられていた本を取り上げた。
「それゆえに『彼女』は選ばれたのでしょう。贄としてではなく、英雄の介添人として。あなたのご友人のように」
開かれたページには、堅牢な城を背後に突き進む二輪の戦車が描かれている。
彼は笑って言った。
「どんなコかなんとなく解ったよ。『彼女』も苦労するんだろうな」
……
再び、空を引き裂くような轟音と閃光が迸った。
日を変えた翌日、舞い戻った彼らは大量の異形たちに追われている。ただし派手な立ち回りをみせているのはたった四人だけだ。
「そんなモンかよ! もっとできんだろ!」
それでも威勢よく吠えたスカルは大型の異形―――大まかに人の形をした真っ黒ななにか―――の足下へ、振り上げていた鎚を叩きつけた。
アスファルト舗装されていた地面が砕け散り、その衝撃と破片とともに電撃が黒く太い脚に絡みつく。すると巨人はおこりにでもかかったかのように身体を弓なりに反らして硬直させた。
そこへ増髪が躍りかかる。手には珍しくきちんとした武器が握られているが、これは道中の店先で見かけたディスプレイ用の置き物を拝借――強奪――窃盗――失敬したものだ。
刃こそ潰されているが百キロを超える鉄塊だ。また大剣としての正しい使い方、すなわち鈍器の如く振り回され、叩きつけられれば、巨体の頭はスイカのように砕かれる。
タールに似た粘ついた黒い液体が撒き散らされるのを見て、足元のスカルは慌ててそこを飛び退いた。触れた地面に変化はないが、とにかくひどい臭いがしたからだ。
彼らの背後では、クイーンとパンサーが二人よりもよほど派手に立ち回っている。
光さえ置き去りにするエネルギーの塊が地を砕き、目を焼くような白熱を伴う炎がビル壁を焼き焦がす。そこに立っていた異形たちは、チリさえ残すことを許されずに消滅した。
『いいぞ〜コレ、どんどんきてる。やっこさん間違いなくこっちに注目してるな』
天高くから戦いの間を見学しているのはナビだ。
その手元は忙しなく動き、四方八方から押し寄せる大群に次々とお手製の識別標をモニター越しに与えている。標は抜き出した種族別のパラメーターと結び付けられ、そこから個体別の特徴―――例えば、先の巨人は頭が弱点で、今まさにパンサーの横から突っ込んでくるキリンは右の前足に小さな怪我がある―――を付属させて、地上の仲間たちのもとへ送信されている。キリンは足元を爆破されて横ざまに吹っ飛び、ビルの外壁を突き破って姿を消した。
歓声をあげる合間に適宜補助をかけてやることも忘れてはいけない。なにしろ大立ち回りを演じる仲間たちは攻勢一方で、防御のことにはあのクイーンまでもが手が回らないらしい。
あるいはナビの手腕を信じてのことだろうか。
いずれにせよ、ナビもまた仲間たちにすっかり背を預けきっている。
なにしろ発砲音がしてやっと熊鷹が接近していたことに気がつくくらいだ。翼を撃ち抜かれたと異形はバランスを失って落下していった。
『やるじゃんおイナリ』
手を動かしたまま賞賛と揶揄の中間に位置する言葉を吐けば、通信の先から気取った笑い声が返される。
『その返しはムカつくわ。やっぱいまのナシ』
フォックスは罵倒語をぶつけたが、ナビはこれを聞き流した。
『そんなことより、見つけたか? そのあたりにいるはずだぞ』
足元では再び大きな爆発が起こり、ビル壁に取り付けられていた大きな看板が落ちてアスファルトに突き刺さった。
「げほっ、げほっ……パンサー、やり過ぎだ!」
「ごめんっ! ちょっと焦っちゃって」
「ごめんじゃねぇよ! 死ぬかと思ったわ!」
「遊んでる場合じゃないでしょ! 次の群れが来るわよ!」
言葉を交わす余裕こそあれ、敵は無尽蔵と思えるほどだ。ナビは再び、通信の先を急かした。
『急げ、まだ負傷者はないけど時間の問題かも』
しばしの沈黙の後、ノワールが応えた。
「ターゲットを捕捉しました。確保するね」
周辺一帯の中で頭一つ大きなビルの屋上に、水鏡のようなものが浮かび上がっている。それは輝く水面のようにも思えるが、屋上に水気は無く、あるとすれば大きな貯水タンクくらいなもので、プールや池といった開放された水面は存在しない。もちろんこの異界に雨など降りはしないから、朝方降った雨が残っているというわけでもなかった。
なによりそれはコンクリートから五センチほどの宙に浮かび、横たえられた液晶スクリーンのように何某かの映像を映し出している。
そこには奮闘する四人の仮面を付けた若者と、それを囲む種々様々な異形たちがあった。
そして、その手前で一人の奇妙な格好をした男が腕を振り回し、地団駄を踏んでははしゃいだり悔しがったりしている。さながら白熱する試合を見守る観客か、チームの熱戦を鼓舞する監督といった風情だ。
「いいぞ! そこだ……あーっ! ちくしょうなんだよそれぇ! いけ! 負けるなっ!」
奇妙な青年だった。身の丈は二メートル近くはあろうか、偉丈夫と評して間違いのない大男で、その巨体を鈴掛と袈裟で包み、手には手甲と羽団扇、脚には脚絆と高下駄……そして背には立派な鳥の翼を備えている。
もちろん鼻は長くて赤ら顔だ。
天狗は悔しそうに拳を震わせると、前のめりになって団扇を振った。
「くそうくそぅ、今日はやけにしつこいな! それならもっと数を増やして……」
彼は水鏡に映し出されるものに熱中して、己の背後に迫る存在にはまるで気がついていなかった。
「そこまでだ―――」
「ふぇっ」
かけられた冷たい声と、背に当てられた太くて硬い感触に、天狗は赤い顔を青ざめさせて間抜けな声をもらした。
太くて硬い、黒光りする立派なものを携えた少女は、そんな彼に微笑みかける。柔和で見る者を安らがせる春の日差しのような笑みは、残念ながら黒いマスクに隠され、また背後に立たれては天狗の目には映らない。
彼女は表情と正反対の冷淡な声で告げた。
「両手を上げてくださる? 妙な真似をしたら……」
「そのカラダに穴が空くぜ。文字通り、デッカイのがな」
気がつけば天狗の足元には一匹のちょっと白い黒猫が立っていた。蒼い瞳には天狗の背に突きつけられたグレネードランチャーがしっかりと写り込んでいる。
はじめにかけられた冷たい声はまた、金打とともに言う。
「案ずるな、介錯くらいはしてやろう。苦しむことはない」
だから別に、暴れてくれても構わんぞ。
そう言ったのは狐面を付けた少年だ。
天狗は団扇を取り落とし、高々両手を掲げて叫んだ。
「わああ待って! やめてぇ! 殺さないで!」
曰く。
彼は今目の前にあるように、天眼なる能力を有し、それによってこの異界に居を構える様々な存在の居所や動向をきままに監視しているとのこと。
それ故この二柱の反応が消失したことに戸惑い、怯え、先にフォックスが予想した通り、次は己の番だと察して防御を固めていたらしい。
そうしているのは、彼が極度の怖がりだからだ。
異形たちが波のように引いたことで作戦の成功を察したスカルたちがやってくると、彼は大仰に泣き叫んで逃げ出そうとした末、今は縛り上げられて大型の室外機に括り付けられている。
「なんなんだよぉきみたちぃ! ぼ、僕のことも爺さんたちみたいにするつもりか!? 彼らになにをしたのさ!」
それでも、震える声で問いただす程度の気概はあるらしい。
少年たちは顔を見合わせてどうしたものかと探り合った。
作戦通りに事は運んだが、この展開は予想外だった―――
困惑のなか、それでもクイーンは進み出て懇切丁寧に彼の質問に答えてやった。
自分たちの長と増髪の幼馴染がこの空間に関わる者に、どういった状態でかは分からぬが捕らえられている。
また、それに伴い無関係な力を持たぬ人々もここへ迷い込み、場合によっては異形の腹に収められてしまっている。
彼らを解放するためとこれ以上の遭難者を出さぬためここの調査をくり返す最中、増髪を贄と称し、災厄を回避するためと襲いかかる者があった。
それが蛇神と猫の神だ。戦いの末彼らは倒れ、増髪の仮面に吸収された。
ただし、前者はともかく後者は和解が成立したところで未知の存在が介入し、とどめを刺した―――
大筋を語り終えるころには、話の途中から黙りこくって項垂れていた天狗は赤ら顔をさらに赤くして肩を震わせていた。
鼻をすするような音が漏れるところを見るに、どうも泣いているらしい。
それはそうだ。知り合いらしい二柱の末期を聞かされては、誰だって涙の一粒くらいはこぼすだろう。
「大丈夫ですか。その、吸収してしまった私が言うのもなんですけど―――」
しかしよく考えてみれば、彼が俯いたのは話のかなりはじめのほうからだ。
増髪が気遣わしげな様子で歩み寄ると、天狗は勢いよく顔を上げた。
「ひどいよ、ひどい! こんなひどい話あるかよぉ……きみ、大変だったんだねえぇ……!」
「へえ、どうも」
三下のような口調で返して、増髪は動きを止めた。
どうやらこの天狗は、彼女が目の前で幼馴染を奪われたというくだりから衝撃を受けていたらしい。人情家と呼ぶべきか、はたまたただのへたれと呼ぶべきか……
―――なんだか似たような肩透かしをつい最近も食らった気がする。
迷った末、増髪は仮面の下の困り顔をフォックスに向けて助けを求めたが、彼はいいかげんこの天狗の軟弱な態度にうんざりしているらしい。ため息をついて手招きしてやるだけだった。
―――あまり近寄るな。怯弱が伝染る。
増髪は足をにじって彼の手元に移動した。
さて、ここまでくるとこの天狗はやはり、二人の少年少女を囚え、猫の神を串刺しにした犯人とは思えない。演技の可能性も大いにあるが……
果たして演技で鼻水まで垂らせるものだろうか?
クイーンはチラとパンサーに目線をやったが、彼女に演技のイロハを尋ねるのはまだ時期尚早というものだろう。着実に成長はしているが、花開くのはまだまだ先だ。
仕方なし、クイーンは今度はこちらの番だと彼に問いかけた。
「あなたは増髪や私たちのリーダーの件を知らなかったの?」
彼は大きく鼻をすすり、まなじりをつり上げて力強く答えた。
「知るもんか! 僕はヒトに危害なんて加えない!」
その瞳は涙に濡れてこそいても、真摯な輝きがある。嘘偽りを口にする者には決して宿らない美しい光だ。
しかしこれは猫の鼻息に一瞬で吹き消されてしまう。
「いや昨日今日とワガハイたちに思いっきり危害加えようとしてただろ」
「それはあ……殺されると思ったからぁ……」
視線を明後日の方向に投げ、いかにも気まずそうに足の指の先同士をすり合わせる様は、やはりどうにも不甲斐ない。
フォックスはいよいよ堪え切れぬと大げさに腕を振った。
「ええい、その軟弱な口のきき方をやめろ! 大天狗となれば、本来神通力によって俺たちなど一捻りだろうが!」
「な、なんてこと言うんだ! 僕はそんなことをしなくて済ませるために化物どもを操る術を身に着けたんだぞ!」
「……できないとは言わないのね」
「まあねっ!」
すっかり手持ち無沙汰になったノワールが戯れに問いかけると、天狗は自慢げに長い鼻を天へ向けた。
お調子者の人情家。しかしその腰は引けたままだ。
スカルもまたなんだかこみ上げるものを覚えて拳を握った。
「殴っていいか?」
「堪えろ、スカル。俺だってそうしたいが我慢しているんだ」
「ちょっとちょっときみたち〜!」
今や全員がこの天狗の軟派な態度に脱力感を覚えていた。
伝承に聞く天狗といえば、もっと威厳があっておどろおどろしくて、神々しささえ覚える存在のはずなのに……
この天狗が言うには、どうも彼はかなり若い部類に入るらしい。仔細はぼかされたが天狗と化してからまださほど経っておらず、以前この地域を治めていた先達から地位を譲られてこちら、街が発展する様をのんびり眺めて暮らしていたらしい。
それで比較的、若者寄りの感覚を有しているということか。
若者たちは納得しかけたが、よくよく考えればそれでも彼らと比べれば、ずっとずっと、両親どころか祖父母より年上だろう。
となればおそらく、この態度は生来のものか。
クイーンにとっては苦手なタイプだ。友だちとしてなら、戸惑うことはあれどきっと楽しく過ごせるだろう。学べることも多そうだ。
けれど交渉相手としては……
肩を落とした彼女の隣に、ノワールがそっと並んだ。私に任せて、とその目と手に握られたままの黒光りする立派なものが語っていた。
頷いたクイーンが役を譲ると、ノワールは柔和な笑みを浮かべてさらに一歩踏み出した。
「私たちの事情を理解してもらえたところで、それじゃあ訊かせてもらおうかな。まず、『彼』を捕らえる鎖がどこにあるか、ご存知じゃなくて?」
天狗は警戒する様子など欠片も見せずに答えた。
「鎖かぁ……この眼で見たわけじゃないし、そういう話も聞かないけど……でも、そうだね。物を隠すのならあすこだろうと思うよ」
勿体つけたその口ぶりに、怪盗たちの目が細められる。そこには苛立ちがたっぷり籠められていた。
すると天狗は慌てて口を開いた。
「きみらの言うところの禁足地にあたる場所だよ!」
「ほーん? するってぇと……」
さっとナビが手を振ると、天狗の眼前にモニターが現れた。そこには航空写真地図が表示され、ナビが同じものを指でなぞると、映し出されたある地点が赤丸で囲まれる。
天狗は楽しそうに首を振った。
「うんうん、そう、そこだよ。方角的にも間違いない。きみも天眼を持ってるの?」
人懐っこく尋ねられて、ナビはかすかに喉を引きつらせた。
「い、いや、わたしのはそういうんじゃ……」
「そうなんだ! いいねぇ、僕のよりずっと便利だ! ねえきみ! よければもっと詳しく―――」
金打と撃鉄が起こされる音が同時に響いた。
ナビは、すっかりこの陽と躁のオーラに当てられて二人の影に隠れてしまっている。
再び天狗は慌てて口を開いた。
「きみたちの住む場所に、やたらと人死にや事故が続いたりする場所ってあるだろ? そういう場所はこちらと直接繋がっていたりするんだよ。昔はもっとたくさんあったらしいけど、あの爺さんたちの派閥がほとんど潰しちゃったんだって」
だから今もって残る場所は噂や伝説として語り継がれているのだと天狗は語った。
であれば、次の目的地はそこだ。よしんば今地図上に表示された場所が外れであっても、『ほとんど潰した』という言を信用すれば数は多くない。総当たりしていけばいずれはたどり着けるだろう。
これで怪盗団の用事は済んだと胸をなで下ろしつつも、ノワールは一つの単語を拾い上げてさらに問うた。
「派閥、ね。あの猫さんもそんなことを仰っていたそうだけど……それはどういう集まりなのかな?」
子どもをあやすような調子に天狗はホッと息をついて安堵した様子を見せる。
そこは無礼な口をきくなと怒るべきところではないのか―――
喉まで出かかったものを皆一様に飲み込む仕草をした。
「なんて言ったらいいのかなぁ……親人間派って感じ? たぶんだけど、きみたちのリーダーと、そこのきみの幼馴染を捕まえてるのは対立一派の連中だとおもうよ」
「対立? ニンゲンにゃいいキモチを抱いてねぇってことか?」
問いかけたのはモルガナだった。
天狗は、少しだけ彼の毛並みをまじまじ眺めて、やがて小さく首を横に振った。
「別に彼らだって嫌ってるわけじゃないよ。むしろ好意的ですらある」
ただ、と天狗は再び言い淀んだ。ただし今度は勿体つけるつもりはないようで、眉間にしわを寄せたままうーんと一つ唸り声を上げる。
そして彼は増髪を見て言った。
「ヒトが犠牲になることに抵抗がないんだよね。大事の前の小事って言うの? 一人二人くらいなら死人が出てもいいやって感じ?」
それはあっけらかんとした語調と併せて、若者たちを怒らせるのに充分な言葉だった。
「なによ、それ……! 一人二人って、実際もう、無関係のヒトも行方不明になってんだよ!?」
烈火のごとく燃え上がったパンサーの怒りに、天狗は小さく悲鳴を上げる。
彼女の言う通り、ここに集う若者たちが知る二人の少年少女以外にもすでに一人、犠牲者が出ている。
まだ増髪が怪盗たちに出会う前、こちらへ来てすぐのことだった。
増髪はそのときの出来事をあまり語りたがらない。ただおそらく、その犠牲者の帰宅が絶望的なことだけは明らかで、あるのはこの事態が解決できればあるいはという淡い希望だけだ。
それを一人二人と片付けられてはたまったものではないというのがパンサーの言い分だ。至極真っ当で、深く他者を思いやる心から出たものだった。
さりとてそれは決してこの天狗の仕業ではないから、彼は怯えつつも弱々しく言い返した。
「そ、そんなの僕に言われても……」
ごもっともな台詞だった。
泣き出しそうな情けない赤ら顔と、優しく肩に触れるノワールの手がパンサーの炎をすぐに鎮火させた。
「……ごめんなさい。あなたのせいじゃないんだもんね。ごめん……」
素直な反省を示す姿と声に、天狗はゆるく首を振った。
「い、いいよ。僕の言い方が悪かったんだよね?」
とはいえ根本的に彼女の怒りのわけを理解できているわけではないのだろう、返された声はやはりどうにも自信がなさげだ。
クイーンはそんな様子に思うところがあったのか、歩み寄ってその身体を括り付ける縄に手をかける。
「……いいのか?」
モルガナは訝しげに尾を振ったが、そのころにはもう縄は地に落ちていた。
天狗は一瞬自由になれたことに気が付かずぽかんとして、すぐにパンサーへ腕を伸ばした。
彼女はまだ項垂れて、自己嫌悪に顔を曇らせている。
「きみも大変だったんだね、よしよし」
その細い肩に、魅惑的な曲線を描く腰元に、天狗の腕が絡みつく―――
直前、大小様々な武器の切っ先が一斉に突きつけられた。
「やっぱり解くのは早かったかしら」
「やめて! すいませんでした!」
涙目になって両手を上げた彼の脚に、モルガナは牙を突き立てた。
「いったぁい! やめてぇ! はなしてぇ!」
「猫殺しどころか神殺しか……さすがだなパンサー、君の美しさはいよいよ神の領域へ差し掛かったわけだ。やはり俺の目に狂いはなかった」
泣き喚く天狗の声をBGMに、フォックスは何故か自慢げに胸を張っている。
「いや全然嬉しくないから」
「フッ、謙遜するな」
してねーよ、とパンサーは言い返したが、どうやらそれは右耳から左耳へと抜けていったようだった。
ちょうど同じタイミングで、一噛み一引っ掻きで溜飲を下したらしいモルガナが天狗から離れる。
「ひぃ、ひぃ……よ、用件は終わり? 結局、僕のことを爺さんたちみたいに食べに来たってわけじゃない……んだよね?」
彫りの深い目元の奥の瞳は、パンサーの足元でナイトのように立ち塞がる猫に向けられている。またその長い鼻には、痛々しい引っ掻き傷が残されていた。
「違います。食べません」
横から投げられた増髪の言葉に、天狗はホッと胸をなで下ろした。
しかし―――
「でも」
「ひぃっ」
まだなにかあるのかと身を硬直させる彼に首を傾げつつ、増髪は率直に問いかける。
「なぜ私はあなた方のような存在を吸収してしまうんでしょう」
「え、知らないけど」
答えもまた端的だった。
「知らんのかいっ!」
それに対するナビのツッコミも。
「知らないって……あなたはあの猫さんと親しかったのではなくて?」
それならば、増髪の状態についてなにか聞いているのではないか。
一連のやり取りを見守っていたノワールが問いかけた。その疑惑の眼差しを受けつつも、天狗は高下駄を鳴らしながら先ほど取り落とした団扇に歩み寄る。
拾い上げてふり返る一瞬、緊迫した空気が満ちるが、彼はやはり気安い態度で答えた。
「親しいっていうか、そもそも僕は新参で年寄り連中の寄り合いにはどこにも入れてもらってないんだよ。話も合わないし」
だからそういった話はしてこなかった。顔を合わせればうんざりするようなお説教ばかりだった。だからなるべく避けていた。
そう語る天狗の眼には再び涙が滲みつつある。そのお説教も、もう二度とされることはないのだ。
俯いて言葉を失う怪盗たちのなか一人思案顔を浮かべていたクイーンは、天狗に一言、様々な意味を込めてごめんと断ってから仲間たちに向けて語り始めた。
「これはやっぱり憶測だけど、リーダーを囚えたり増髪になにかをさせようとしている存在は、なんらかの理由から勢力を増そうとしているんじゃないかしら。その目的か、あるいは過程で『彼』の存在が障害になり得る可能性があった……」
だから予め障害物として隔離させられたのではないか―――
なにしろ『彼』はほんの少し前、偽とはいえ神を名乗る存在を討ち倒した男だ。その力の強大さによる影響力を思えば、どのような思想のもとであっても危機感を抱く者は多いだろう。
「たしかに、なんかありゃあいつは喜んで首つっこむかもしれねぇな」
そういうやつだと呆れ半分、自慢半分に言ったのはスカルだった。
またフォックスはその過程で間違いなく自分たちも引きずられると確信しつつ―――実際今まさに奔走させられている―――増髪へ顔を向ける。
「そうだとしたら、なぜこいつは巻き込まれた? 己の意志によって従わない可能性だってあるだろう」
送られた視線に、増髪は曖昧に頷いてみせる。
「……けど……」
小さくつぶやかれた声を聞き取って、フォックスは促すようにまた彼女を見つめた。
「あ、いや。その……そう、紬のことがあるから。あの子を取り戻せるのなら、迷うな……」
視線から逃れて背を向けた先にはパンサーがしゃがんでいる。彼女は番兵を務めるモルガナの背をひと撫で、仮面の下で眉をひそめて一同を見回した。
「あのさ、その増髪の話でずっと気になってたんだけど、いい? 神さまにイケニエ捧げるのって、普通他の人がするもんでしょ? ヤな話だけど、そのヒト……人じゃないけど、とにかく、どうやって増髪のこと食べるつもりなの?」
彼女が言わんとするところはつまり、贄とはあくまで神饌であり、食物であるということだ。増髪はともかく、普通食べ物……炊かれた米や焼いた魚に足はない。自ら神の口へ飛び込むことは不可能だ。
そのため皿に乗せた供物を神のもとへ運ぶ、すなわち捧げる役割の者が必要になるのではないか―――
「……史書には荒れ狂う海を鎮めるため自ら船より身を投げた女性の記録があったはずだ。白羽の矢の伝承や宇治拾遺物語には神を名乗る存在が生贄を指名して……」
言葉の途中でフォックスは首を傾げた。
彼の記憶の中に神が御自ら生贄を迎えにきたという話がなかったからだ。あるいは花嫁として、子をもうけるためならば存在するが、それを生贄とは呼ばないだろう。
この国に限定せず、広く世界を見ても生贄や人身御供の伝承は多くある。古代アステカやインカ帝国、ケルト民族に古代中国やインド……
絵画の世界においては、はじめに思い浮かぶのはイサクの燔祭だろう。かのレンブラントやカラヴァッジョもこの伝説をモチーフにした傑作を残している。
しかしこの旧約聖書の一節においても、アブラハムは従者二人とロバを連れ、息子イサクとモリヤ山まで足を運んでいる。
思いつく限り、他の伝承にしても同じだった。
よもやパンサーがこれらを識っていて疑問視しているわけではないだろう。おそらくいつもの直感的なものの見方からここに至ったに違いない。
気がつけばクイーンやナビ、ノワールと、張本人たる増髪さえもがうーんとうめいて、パンサーの疑問の答えになるような記憶を探っていた。モルガナとスカルは、互いを見合わせて間抜けな顔をしている。
「きみたちがそうなんじゃないの?」
沈黙の中に天狗の声が割り入った。
「は―――」
「だって生贄の儀式って『捧げる』ヒトがいなきゃ完成しないものだよ」
「……自から身を投げたという伝承はどうなるの?」
努めて冷静に返したノワールに、天狗はやはり安易な様子で答える。
「それで得られるのは身を投げたヒトの覚悟じゃない? そこまでするんなら怒りを収めてやってもいいかな、みたいな?」
「待て。だとしてなぜこいつなんだ。増髪はペルソナ使いでもない普通の人間だろう」
「元の状態なんて知らないよ。けど、その子はなんとなれば神を喰らった。それもヒトの身で―――」
フォックスは再び言葉を遮って抗弁する。
「それはあちらが仕組んだことだ。彼女が望んでしたわけではない。なんなら逆に殺されて終わる可能性とてあった」
「でも生きてるじゃん」
「それは俺たちがその場にいて―――」
「ほらやっぱり」
やり返すように遮って、天狗は肩をすくめた。
「きみらが儀式を遂行する神官みたいなものなんでしょ? もしくは農家か飼育係か……」
僕たちだって得体の知れんものをほいほい口にはしたくない。きみたちだってそうだろ。ほら、最近は生産者の顔が見える野菜なんかも売ってるじゃないか―――
他愛ない世間話のように言う彼はやはり人とはまったく違う存在なのだろう。親しげにしていても、根本から噛み合わない。
意図されていない侮辱に半数が震える一方、ナビは爆発しそうな怒りから離れて「なるほど」と頷いていた。
だから『あいつ』は囚えられたんだ、と。
シャドウらをなんであれ構わず取り込んできた『悪食』で、反抗心むき出しの天然ものより、ここの神を―――無差別ではなく、選んだものを食べさせた養殖もののほうがよほど安全だ。
「なるほどたしかに、アイツよりゃ楽勝かもな」
同じ発想に至ったのだろう。モルガナが低くつぶやいた。
するとこれを聞きつけたパンサーの怒りは彼に向いてしまう。
「モナ! そんな言い方、やめなよ!」
「ぱ、パンサー、ワガハイそんなつもりじゃ……ニャッ?」
慌てて弁明しようとするモルガナを、ノワールが抱き上げた。彼女はまた、今にも爆発しそうになっているパンサーに向けて優しけ微笑んでみせる。
「パンサー、めっ」
口からは小さな子どもを嗜めるような言葉が出る。パンサーは再び萎れて項垂れた。
「ごめん……」
「いや、ワガハイのほうこそ……」
「懲りねぇなお前ら」
「こら、スカル。だめだよ?」
穏やかな雰囲気にすり替わりはじめる一方で、フォックスは増髪の腕を掴んで渋い顔をしてみせている。彼女が話の途中からじりじりと後退り、物陰に隠れようとしていたからだ。
逃げ出さないだけ大分成長したと見るべきか―――
迷いつつ彼は言った。
「俺たちにそんなつもりはない。いいな?」
「う、う、うん、わかった」
そう言うわりに増髪の膝は震えていた。
とはいえ、あながちこの考えは間違ってもいないだろうと彼は考えている。
自分たちと増髪の接触は予め織り込み済みだった可能性が高い。それがなんのためかと考えれば、当然『試練』とかいうものの突破のためだろう。
それがこの少女を贄として完成させるための作業だとしたら―――
想像にフォックスはきつく眉を寄せた。
気に食わない。他人の手のひらの上でいいように操られるなど、短い生の中で二度もあってたまるものか。
クイーンも同じ結論に達したのだろう、低く怒りの籠もった声で仲間たちに宣言する。
「なんにせよ、増髪は私たちのそばにいるんだから、誰が相手であろうと手出しはさせないわ」
決然とした言葉には誰もが頷いてみせた。
「それから、とにかく今はリーダーの救出が急務よ。彼に戻ってきてもらわないと話が進まないからね」
よって次は入手した情報に従って全員で突入する。総員、準備を怠らぬよう。
そう仲間たちに言いつけて、女王陛下は天狗へ目を映した。
訴えるところを察して、天狗も頷いた。
「しばらく身を隠すよ。連中にとっちゃ、どこにも所属しない僕はどちらに転ぶか分からない不確定要素だ。都合も悪いだろうし、下手に動いて妙な利用のされ方をするのもゴメンだ」
「それが賢明だと私も思うわ」
「でしょ?」
軽薄な笑みを浮かべた天狗が翼をはためかせると、たったそれだけで大男は宙に浮かび上がった。
「じゃあね、若い子と話せて楽しかったよ。もう二度と会うことはないだろうけど……」
大きく羽ばたくと、それにあわせて強風が吹き荒れる。あまりの強さにふらついたノワールの腕からモルガナがこぼれ落ち、そのままころころと転がっていってしまう。
「気をつけるんだよ」
あわや転落という間際、ふつと風がやみ、天狗は影も形も消え失せていた。
おそらく彼の言った通り、二度と会うことはないだろう。少なくとも、怪盗たちに彼を捕まえる術はもう存在しなかった。
後にはなんとも言えない重苦しい空気だけが残されている。
増髪の膝はまだ震えていた。
それを見たわけではないだろうが、クイーンは拾い上げてやったモルガナを彼女の腕に押し付けた。
「目が、目がぁ……」
「おっと、モルガナくん、大丈夫?」
「ふにゃふにゃ……」
ぐんにゃりした猫を任せて、クイーンは手を打った。
「さ、今日はもう帰りましょう。次回以降の予定はちょっと考えなきゃならないけど……」
すっかり忘れ去られていたが、今は一月の半ばを過ぎたところだ。センター試験が終われば当然、三年生たちにとっての本番がこの先に待ち受けている。
女王陛下におかれては、先の試験などしょせん『足かけ』だが、それは準備を怠っていいという意味では決してない。
重苦しいため息がクイーンの唇からまろび出る。
「なんでこの時期なんだろう……恨むわよ、リーダー……」
誰も彼女の言に反論しなかったし、かの少年に同情を寄せたりもしなかった。
今のところ二年生組は、自分たちのときにはどうかトラブルが起きませんようにと願うばかりだった。