13:Warm Start

 茜色の空を引き裂くような轟音と閃光が迸った。
 音と光の中心には幾人かの少年少女が立ち並び、巨大な異形を相手にひと立ち回りを演じている。
 それも一体や二体ではない。広い通りを挟むように建てられたビルの角や後ろから化物たちが大挙して押し寄せ、互いに背を預け合う形で陣を敷いた彼らの前方―――あるいは後方―――には、太りすぎたキリンや大口を開けたロバといった見慣れた種から、浮遊する脱色された線虫の群れに風に転がされるビニール袋に似たなにかと、バラエティに富んだ異形たちが顔を揃えている。
 宙には熊の身体に鷹に似た翼と脚を備えた生き物が浮かび、トライアングル型の飛行物体……ナビと睨み合っていた。
『ううう、やばいよやばいってどっから湧いたんだこの量!』
 喚いた彼女の頭上―――飛行物体の上部には一匹の黒猫が乗り上げ、毛を逆立てては熊鷹を威嚇している。
「いいから早く逃げ道探せ! このままじゃジリ貧だぞ!」
 その猫、モルガナもまた己の半身を呼び寄せては旋風を巻き起こし、宙を漂い羽ばたくものたちを近づけさせまいと奮闘していた。
 彼らの足元に落ちる影からすばやく飛び出していくものがある。刀の柄を掴んだフォックスだ。
 まばたきをする暇さえ与えまいと鋭く抜き放たれた一閃は、音速を超える突進を行おうと構えていたキリンを切り捨てた。
 狂った汽笛のような悲鳴が身丈に比べれば小さな―――それでも人の頭くらいなら丸々呑み込めそうな―――口から上がる。
 それで勝利とは当然ならなかった。横ざまに倒れた巨体を飛び越え、口バが無防備になったフォックスに襲いかかった。
「させるか!」
 開かれた口に炎をご馳走してやったのはパンサーだ。その手の鞭はまた、足元を転がってはすねにまとわりつこうとするビニール袋めいた単体の漂泳性刺胞動物を追い払わんと振り回される。
 打ち払われたそれらの感触はビニール袋のような見た目に反して柔らかく、ゴムやゼラチンに近い。地上で生活するクラゲのような生き物なのかもしれない。
 その証拠にたやすく破られた表皮―――ビニール袋の内側から、棘を潜ませた触手が伸び、鞭の軌跡を追ってパンサーの手に迫る。
 すばやく腕を引いた彼女の横から、スカルが鎚を振り落として触手を叩き潰した。
 彼はまた前方に控えるロバとキリンに向けて眩い雷光を遠慮なく浴びせかける。
 電流によって硬直した異形たちのもとへ、再びフォックスが飛び込んでいく。今度は増髪も手に武器―――ついさっきまで道の脇に立っていた道路標識―――を片手についていった。
 斬撃は二人の手元のみならず、それぞれの背後に立ち上がった神格の手や尾からも放たれて前方に立ち塞がる異形らを弾き飛ばした。
 同時に彼らの後方で大きな爆発が起こる。青い光が撒き散らされ、遅れて音と衝撃によって地響きと爆風が吹き荒れた。
 見れば涼しい顔をしたクイーンが、地形もろとも異形らをまとめて吹き飛ばしたところだった。
「むこうが動く前に叩きなさい! 攻撃する暇を与えなければ怪我もしなくて済むわよ!」
 どうやら彼女には背後の後輩たちに忠告を与える余裕さえあるようだ。
 その余裕を狙ってまだ立ちこめる土埃の中からいくつかの影が飛び出そうとするが、彼らは姿を表すことさえできずに銃弾に撃ち抜かれて倒れ伏してしまう。
 ふり返ったクイーンの目に、奇妙なオブジェと化した異形たちの上に乗り上げたノワールとその半身が映る。どうやらあちらの担当分を終わらせた末、手持ち無沙汰になってあれらの頭を撃ち抜いたようだ。
 ≪切り札≫を欠いたとて、かつて大衆さえ欺く偽神をこの世界から蹴り出した集団だ。ほぼフルメンバーで揃ってしまえば、この程度の敵などなんということはない。
『―――って言えたらいいんだけど……あー、また増えた! ノワール、そこ! ゲーセンの影から新手!』
「また? 今日はずいぶんな歓迎ぶりだこと」
 個々の戦果を見れば快勝を重ねていると言えるだろうが、異形たちは圧倒的な物量でもって先からずっと怪盗たちを攻め続けている。
 クールタイムは一切なく、HPもSPも減る一方だ。ナビも退避ルートを検索する傍らせっせと援護を送っているが、それも雀の涙。はじめにモルガナが告げた通り、このままではいずれ体力を削り取られて異形らに呑み込まれるだろう。
 そうならないための退路をナビは先から懸命に探しているというわけだ。
 しかし入手した地形データから読み取れるどのルートも、異形たちがひしめいて壁のように道を塞いでしまっている。いくらか薄い場所もあるにはあるが、数の差は大してない。突破は容易ではないだろう。
 ナビは迷った挙げ句、そのことを率直に告げた。
『逃走ルートよし! でもこれしんどいぞ!』
「どれくらい?」
 即座にクイーンが正確な尺度を求めた。
 ナビは応えて述べる。
『金ヶ崎の退き口!』
 ―――とは。
 元亀元年四月、かの織田信長が朝倉家攻略を目指し越前へ進軍。首尾よく金ヶ崎城を攻め落とすも義弟浅井長政の謀反を受け、挟撃を危惧して撤退を決断。
 京へ向け南下を開始するもそこに朝倉軍の追撃がかかり、殿軍は退路を守ろうと奮戦する。この一連の流れを世に金ヶ崎の退き口と言う。
 このとき朝倉軍の追撃を退けた殿軍の被害者総数は五百人とも千人とも伝えられる。しかし一方で彼らの戦意は信長が敗走してなお衰えず、また結束強く知恵を巡らせ、本来絶望的な撤退戦において被害は最小限に抑えられたともある。
 つまりナビが言いたいことは『各員奮闘せよ』だ。
 ところがその意図を汲み取れない者が若干名。
「金ヶ崎ってどこだよ? この辺にそんな地名あったか?」
「のきぐちってなに? 新しいアイドルグループ?」
 名誉のためにこの二人の名は伏せるが、そばに立つフォックスと増髪は顔を見合わせてからがっくりと項垂れた。
 そこへモルガナがクルマ形態で降り立った。助手席にはすでにナビが控え、クラクションをしつこく鳴らしてはあれこれと要求している。
 フォックスは黒い車体に絡みつこうとする白い線虫を切り払いながら口元を歪ませた。
「なるほど、まずは槍衾立てて囲いを突破しようということか。お定まりだな」
「鉄砲か大砲が欲しいね」
 同じく増髪も、得物でロバの大口を叩き返した。
 その間にクイーンが運転席に滑り込む。あとは発車のための時間稼ぎと退路の確保だけだ。
「私がやろうか?」
 増髪が提案するが、これは直ちに押し潰される。
「荷物がふえるだけ。却下」
「ひどい」
 項垂れつつも反論はないのだろう。彼女自身も自覚している。己が力を奮えば一側面程度ならば瞬時に片付けられるが、しかし一回こっきりのカミカゼアタックだと。僅かなしくじりも許されなかったし、追撃を躱す必要もあることを思えば温存すべきだろう。
 となれば。
「ここは任せて、座っていてね?」
 早々にモルガナカーの中に押し込まれた増髪に微笑みかけて、ノワールがグレネードランチャーを構えた。物々しく黒光りするそれは最大装填数六発のリボルバー式だ。
 彼女は今日初めの一発を躊躇なく発射した。
 軽い音を立てて飛んだ擲弾は着弾と同時に数匹の異形を巻き込んで爆発する。予めスカルとフォックスが彼我の距離を広げておいてくれたおかげか、爆発も爆風も彼らをかすりさえしなかった。
 ノワールは味方に影響がないことを確かめると、続けて全弾を車両前方へ射出した。
 方やその背後、開け放たれたモルガナカーのトランクスペースに腰掛けたパンサーは、燃え盛る炎を操って壁を作り上げていた。
「近づくと火傷しちゃうよ」
 もちろん火傷だけで済ますつもりもない。
 果敢にも飛び込んだキリンの群れをさらなる炎で焼き焦がし、パンサーは歯を見せて笑いながらバックドアを閉ざした。
 再び前方、爆撃によって道は拓けてこそいたが、今度は焼け焦げ、砕かれた異形たちの残骸が道を塞いでしまっている。左右からはヒトに似た生き物がビル壁を這って迫りつつあった。
 ノワールはとっくに座席に腰を下ろし、車外に取り残された二人の少年は互いに目配せをするなり車体の上に飛び乗った。
「ぐえっ!」
「あ、ワリぃ」
「もう出していいぞ」
 仕込みは済んだと告げて、フォックスはその場に腰を下ろした。
 モルガナは足元……路面に触れるタイヤとホイールに冷気が触れていることを確かめてエンジンを唸らせる。クイーンがアクセルを踏み込むと、彼は勢いよく発進しはじめた。
 ガラスの砕けるような音が車外に響く。
 氷漬けにされた異形らの残骸が、タイヤに巻かれて粉々に砕け散った音だ。
 被さるように雷鳴が轟いたのは当然スカルのしたことで、壁に貼り付いていたヒト型や、熊鷹たちがポロポロと地面にこぼれ落ち、半分は動かなくなる。
 それでも残りの半分と、勢いの衰えた炎を乗り越えたキリンやロバ、ビニール袋と線虫が追ってくる―――
 再装填を済ませたノワールが再びの爆撃を行い、天井に乗ったままのスカルとフォックスもまた足元を狙って牽制する。
 その度車体は、クイーンの荒々しいハンドル捌きもあってひどく揺れた。
 ―――そもそもなんでこんなことになったんだったか。
 揺れる座席から転がり落ちないように踏ん張りながら、増髪は数時間前のことを胸に返した。

……
 駅前広場の端に立って、は呆然とその光景を眺めていた。
 戦後闇市として発展し、古くは電気街、今はサブカルチャーの発信地としても名を馳せる街は休日の今日、人で溢れかえっている。
 彼女を驚かせているのはその人の多さももちろんだが、そこに紛れる非日常的な衣服に身を包んで呼び込みを行っているらしき女性たちの姿だ。
「本当にメイドがいる……」
 フレンチにせよヴィクトリアンにせよ、あまり見かけない衣服は目に眩しいのか、細められた瞳には謎を前にした好奇心が湛えられている。
 方やスマートフォンをいじり、人の多さに辟易として彼女の背後に隠れていた双葉は見慣れてはいるのだろう。どことなく呆れた様子でを見上げ、肩をすくめた。
「いうての地元にもメイド喫茶くらいあるだろ?」
「あるけど行ったことないし店の外で見かけたりしないよ」
 そんなものかと双葉は雑踏からスマートフォンに目を戻した。
 はまだ興味が収まらないのか、あちこちに目線を向けては田舎者然とした振る舞いを見せている。
 そんな彼女の姿に苦笑しながら、喜多川と奥村は改札口に目を向けた。
 待ち合わせに指定された場所に揃っているのはまだ彼らとモルガナの四人と一匹だけだ。それも仕方のないこと、なにしろ約束の時間までまだ三十分もある。
 双葉がモルガナを背負って到着していたのは電車の混雑を避けてのことだった。奥村はそんな彼女の早々到着したという報を受けて、一人にしてはかわいそうだと慌てて駆けつけたらしい。
 そして喜多川とに関しては、寮から歩いて来てみたら案外早く着いてしまったというだけ―――なんで歩いてこようと思ったんだ? と双葉と奥村は問いかけたが、返されたのは脚力に関する謎の自信だけだった。これならまだ電車賃が無かったと言われたほうがよほどマシだとは、モルガナの弁だ―――。
 残りの面々もすでに四人が揃っていることを受けて予定を繰り上げ、家を出たらしいが、到着にはもう十分ほど待たなければならないだろう。
 そうなると手持ち無沙汰なのは皆同じだ。若者らしく各々スマートフォンにかじりつくと、その姿は知り合いでもなければ人混みに紛れて沈む。
 ただしモルガナだけは覗き込むものがないからか、双葉が背に負ったリュックから顔をつき出し、退屈そうに辺りを見回している。
 珍しくはない。何故なら怪盗団の導き手であり頭領のお目付け役でもあった黒猫は、その彼に連れられてここをよく訪れていた。
「メイドねぇ。アイツはよく行ってたけど、なにが楽しいんだか」
「好きなんじゃないのか? メイドが」
 おざなりに反応したのは双葉だ。その言葉に奥村は通行人にチラシを手渡すメイド姿の女性を複雑そうに見つめた。
「メイドの格好をした女の子が? それとも、ご主人さまって呼ばれるのがいいのかな……?」
「知らね。あいつが戻ってきたらやってみたらいいんじゃね」
「えっ、でも、そんな……」
 あわあわと両手を振るも、まんざらではないらしい。奥村は自分の身体とメイド姿の女性とを見比べては、似合うかな、と真剣に悩み始めた。
 そのような様を横目で眺めて、は腕を組んで首を傾げた。
「なんというか、君たちのリーダーって人は、聞けば聞くほど謎な人物なんだね?」
 それとも怪盗団の長ともなれば、そうでなければ務まらないということか―――
 つぶやかれた内容に喜多川は喉を鳴らした。
「まあ、そうだな。どれだけ優れた人物であろうと、他の誰かでは俺たちの長は務まらんだろう」
「ふうん……なるほど。ぜひとも一度、お目にかかりたいものだね」
「やめておけ、やつは相当な人たらしだ。君のような『純真無垢』な心の持ち主では、五分と経たず陥落させられるだろう」
 たっぷりの皮肉が籠められた言葉に、はムッと眉を寄せる。
「喜多川くん、君、まだ根に持ってるの? 謝ったじゃないか」
「別に。釘を刺しただけだ」
「紬みたいなこと言わないでよ」
 口をへの字に曲げた彼女の姿に、喜多川は低く喉を鳴らした。釘を刺すなどと言うが、その本心は忠告ではなくからかいたいだけだろう。それも暇つぶしのために。
 そんな二人を眺めてモルガナは失笑を漏らす。
「仲良しかよ」
 はやや不満げに唇を尖らせたが、結局反論することなく口を閉ざした。
 それからしばらくの後、坂本たちもそれぞれやってきて合流すると、一同は直ちに異界へ踏み入った。
「ここの様子は変わらないわね」
 言って、クイーンはスマートフォンを覗き込んだ。時刻は十時半を過ぎたところだ。茜色に照らし出された夕刻の世界とは明らかに噛み合わない―――
 もちろん、あれだけあった人波も消え失せ、辺りには静寂だけが満ちている。
 顔に貼り付いた仮面をひと撫でして、クイーンは周囲を警戒するように見回した。
『今のところ、敵影はないよ。ただ……』
 さっそくと球体に身を預けて浮かび上がったナビは、表示させた地形データと動体センサーの反応を重ね合わせて唸り声を上げた。
『あのとき……あのねこが斃されたとき、敵はほんとうに突然現れた。たしかに気は抜いてたけど、それでも近寄られればわかるように警戒網は張り巡らせてた。なのに……』
 ナビは唇を噛んで悔しそうに眉を寄せる。
 そこに滲む後悔の色を感じ取って、あの場に揃っていた面々は消沈した様子をみせる。
 しかしクイーンは厳然として結論を促した。
「つまり、ここでも同じように、ナビの感知外から接近してくる可能性があるということね」
 感傷にひたる暇はないと言外に告げられて、ナビはすぐに気を取り戻した。
『うん、そう。えっと、だからな。まず―――』
 まずはわたしとモナで、可能な限り地理情報の把握と敵の痕跡の探り出しを行いたい。それから、探索を開始しよう。
 慎重を訴えた彼女に反対する者は現れず、彼らはまたその場で時間を潰すこととなった。
 しかし今度は、スマートフォンもろくに動かない。はじめの十数分こそ努めて真面目に警戒にあたっていたが、額をつき合わせて真剣に地図とにらめっこする猫と少女の姿からこれは長丁場になりそうだと判断すると、誰にともなく言葉がこぼれ落ちる。
「なんか、体内時計狂いそうだよね、ここ」
「あーわかる。見た目夕方なのにこっちのカラダはまだ午前中の感覚なんだよな」
「ここは常に夕方で固定されているのよね。私はそういう意味でもソワソワするかな……」
「ふふ、そうだね。早く帰らなきゃいけないって気になってくるよね」
「私はあまり気にならないけど……そもそもなんで夕方なんだろう」
「境目の時間だからではなかったか? それも推察だが」
「そうじゃなくて」
 否定の言葉を発した増髪に一同の視線が向かう。
「たしかに時間帯が異界へ進入してしまうトリガーの一つではあるよ。だけどそれはあくまでも現実からこちらへ入るためのものであって、入った先のこちらまでもが夕方である必要はなくないか、ってことなんだ」
 クイーンは二度まばたきをして、握った拳を口元へ当てるとふーむと唸った。
「そもそも、ここはいったいなんなのかしら。パレスではないことははっきりしているけど、今のところそれだけよね。あの大きな猫に、あなた達が遭遇したっていう大蛇も、神を名乗っていたことを考えると、ここは神々の暮らす領域ということになるのかしら……?」
「でもよ、あの猫は他のバケモンを妖怪だって言ってたぞ」
 独り言めいたクイーンの声に記憶を刺激されたのか、スカルがこめかみを指先でさすりながら言った。
 これに、クイーンはまた二度ゆっくりまばたきをする。
「神と妖怪ってどう違うの?」
 そして飛び出した、知りたがり期の幼子のような、はたまた宗教哲学の徒のような、なんの飾り気もない純粋な疑問の声に一同はギョッとして身を引いた。
 それは神を疑うべからずだとか、頭脳派筆頭の女王様がだとか、そういう意味からではなく、誰もその答えを知らなかったからだ。
「ど、どうなんだろう。どちらも人ならざる存在であることには変わりないと思うが……」
 辛うじてフォックスが応じると、クイーンは確かにそうだと首を一つ縦に振った。
 すると今度はノワールが問いかける。
「昔話なんかだと、時々妖怪なのか神さまなのか判らない話があるよね?」
 はじめから○○という妖怪、××という神という前提で語られる話もあれば、ただ力を持った動物や得体の知れない存在として明記されないまま語られるものもある。
 そも、そこに明確な区別はあるのか。
 あったとすれば、何故この異界にその二つがさも当然と存在しているのか。
 ないとすれば、ここは人ならざる生き物たちが暮らす土地ということにでもなるのか。
 やはり誰も、この問いに明確な答えを差し出すことはできなかった。
 ただ増髪は少しだけ楽しそうに言う。
「ちょうど、今日探しに来た天狗はその好例だよね。低級は妖怪や怪異扱いだけど、例のほら……秋葉さんなんかは神さま扱いだ」
「へー……んじゃ、やっぱ実質同じ感じ? 神社に祀られるくらいになったら神で、それ以下は妖怪、みたいな」
 パンサーもまたこの問答が楽しくなってきたのか、声を弾ませている。
 一方でスカルはあまり興味を引かれないのだろう。地べたに尻をつけて座り込み、空を睨んでは呆れた調子だ。
「パワー基準かよ。それどこで測んの? 筋肉?」
「ふむ、力自慢という意味ならいくつか思い当たるな。武甕槌神、経津主神、手力男神……」
「ごめんなんて?」
「今挙げた三柱はスポーツの神でもあるんだぞ。なぜ知らん」
「いや知らねぇよ神頼みで走ったことねぇもん」
 位置についてと言われた瞬間、思考を支配するのはただ己の感覚のみだと語られてしまうと、フォックスはもはや抗弁できずに黙り込む。確かに己も、別に筆を握るときミューズの名を唱えたりはしないなと。
 そこに、増髪が意地の悪い声色で入り込む。
「神さまとはまた別に、権現っていうのは仏さまのことでもあるんだよ」
「神仏習合の結果ね」
 それなら解るわとどことなく嬉しそうなクイーンの足元で、スカルはげんなりとした様子だ。
「ええもう意味わかんねぇ。仏って……仏教?」
「ん? あれヤバくない? ウチらみんな一応仏教徒でしょ。なのに仏さまぶっ飛ばしてたの?」
「いやまだしてないよ」
 蛇も猫も、仏教的にはあまり歓迎される存在ではない。―――ただしその生き物をどう思うかは個々人の感覚次第だ。猫が苦手な者も、蛇を好む者も、古来より無数に存在していた。
 故にあの蛇や猫の神が仏とは繋がらないだろうと、増髪はきっぱりこれを否定した。
 問題があるとすればその言葉選びくらいなものだ。ノワールは乾いた笑いをもらした。
「あはは……まだって言ったね……でも、そうだね。あまり仏教徒っていう実感もないし、そのあたりはあまり深く考えなくてもいいんじゃないかな」
 敵の正体云々に関しては、未だ判断材料が足りない。神にせよ、仏にせよ、案ずるべきは対話が可能であるかどうかだ。なにしろ我らの頭目がいずれかの存在にちょっかい掛けられている―――
 意志を籠めて固く拳を握ったノワールの横で、増髪は一同をまじまじ眺めて首をひねった。
「……やっぱりみんな、山王権現の檀家なの?」
「なにそれ」
「あっ、神田明神のほうだった?」
「いやそれもなに?」
 江戸っ子の定義についてはさておき、パンサーは頭痛を堪えるような仕草とともに顔をしかめる。
「うー、混乱してきた。神とか仏とか……いろいろあり過ぎ。一つにまとめてくれたらいいのに」
 弱りきったこの声に、すかさずフォックスが反応する。
「一応あるぞ。まとめたものが」
「まだ増えんのかよ!」
 スカルの反応もまた素早かった。それに対するさらなる弁も。
「馬鹿者、減るんだ。天道思想といって、いわゆる太陽信仰に近いものなんだが……」
「お天道さまが見てるぞってやつだね」
 話が長く、よりややこしくなりそうな気配を察したのか、ノワールが柔らかく割って入った。
 彼女はまた、暮れかかった空のどこかにあるはずの太陽を探すように周りを見回し、こう言った。
「それもあんまり最近は聞かないね。ご年配の方からはまだ時々言われたりするけど……」
「最近じゃ見張るのは『天』じゃなくて『人』だものね。相互監視社会とはよく言ったものだわ」
 うんざりした様子でこぼしたのはクイーンだった。その目はノワールに倣い、夕暮れの空を睨みつけている。
「せめて例の天狗とかいうのが、その辺りを説いてくれるといいんだけど……」
 今日の目的は侵攻ではなく相談だ。知恵を借りることが目的なのだから、どうにか穏やかに済ませられないものか―――
 思案と不安、そして嫌な予感にひりつく胃を明るい色のジャケットの上から押さえつつ、クイーンはモルガナたちに目線を下ろした。
 するとちょうど、走査を終えたらしいナビが勢いよく立ち上がった。
「ミッションコンプリー……おふぅ……」
 しかしその勢いは途中で失われ、少女の肢体がぐにゃりと傾く。二十分もしゃがんでいたところから唐突に、勢いをつけて立ち上がって立ちくらみを起こしたのだろう。
 さっと伸ばされたスカルの腕がまっすぐに直してやると、ナビは礼も言わずに両手を前へ突き出した。
「できたぞみんな! わたしとモナによるスーパーウルトラデューパーマップ!」
「だっせぇ……」
「いまなんかいったかねこ!」
「猫じゃねーよ!!」
 ここまでお約束と受け流して、ナビは今度こそ自力で直立した。
 それからチョイと手をひと振り、一同の前に投影型モニターを表示させると、改めて少女と猫はその説明に取り掛かった。
「これが」
 と言ってナビが指し示したのは、付近一帯が表示された二万五千分の一地形図だ。道路や建物が細かに記されたその上では様々な大きさの赤い円が明滅をくり返している。
「ばけもんたちの出現しそうな場所な」
「どうして分かるの?」
「ワガハイの鼻で大体の方向と距離を察知して、ナビがさらに絞り込んだってトコだな」
 鼻が疲れたぜ、とモルガナは前足で鼻の頭を掻いた。
「言うて確実じゃないけどな。これもまあ、試行くり返してデータがたまればもっと確実にできるとおもう。とりあえず今日はこの赤丸避けて進んでくれ」
「わかったわ。それで、どこへ向かえばいいの?」
 ナビは無言でモニターの上に指を這わせ、縮尺を小さくさせた。すると現在地から北へ一キロほどの地点でデフォルメされた猫が点滅しているところが映り込んだ。
 これを指して彼女は言う。
「確定じゃないけど、たぶんこのへん」
 ただし、とモルガナはしわの寄った鼻先を振る。
「それが例の情報を持ったヤツかは判らねぇ。今のところ嗅いだことのないニオイがそっちからするってだけだ」
「けど他にそれらしい手がかりも無いのよね。行ってみましょう」
 いい? とクイーンが見回した先で、少年たちは揃って頷いてみせた。
 さて、向かうことが決まったのならばと、モルガナはぐんと伸びを一つ、尾をふりふり広場の中央に向かって進み出た。
 それを見てスカルがぽんと手を打つ。
「そういや車にはなれんだったな」
 大した距離ではないが楽ができると浮かれた彼の隣で、もっとずっと浮かれた様子を見せる人物がいる。
 瞳を輝かせ、拳を握ってモルガナを情熱的に見つめているのは増髪だ。
 フンフンと鼻息荒く猫の尻に迫る姿は異様だが、受けるほうの猫はまんざらでもないのだろう。なにしろ寄せられているのは期待だ。それはこの猫が最も好むものの一つであった。
「ふふふ……いいだろう、とくと見よ!」
 ふり返って、モルガナは後ろ足でむくりと立ち上がった。たったそれだけで増髪は歓声を上げる。
「わああ立った! モナくんが立った!」
「や、興奮しすぎだろ」
 スカルはそう言うが、しかし彼の背後に続く仲間たちは「でもよく考えたら二本足で立って歩ける猫ってそれなりにバズりそう」と論じ合っている。
 己が子どもらの小金稼ぎに利用されそうになっていることなどつゆ知らず、モルガナは飛び上がって空中で三回転をしてみせた。すると不思議なことに、着地するころには車に変じている。
 増髪は興奮しきりに手を打ち鳴らした。
「す、すごい! そうやって変身するのか! はあはあ……の、乗っていいの? モナくん、いいのかな?」
 いよいよ呼吸まで乱れ始めた少女に向けられる視線は冷たかったが、当の黒猫はキザったらしく鼻を鳴らしてやる。
「フッ、いいぜ来いよ。ワガハイ自慢のニャータリーエンジンの性能、そのカラダで感じさせてやるぜ!」
「わーい!」
 諸手を挙げて乗り込んだ彼女を追って、他の面々もぞろぞろと続いた。
 ハンドルを握るクイーンは助手席にナビを据え、早速と走り出す。
 この際歩道や車道の区別はあまりない。どうせ人の姿はないし、そもそもこの異界に道路交通法が存在するかも疑わしい。
 とはいえやはり、車が道路を走るのにはそれなりに理由があってのことだ。安全と利便性、どちらも重要なことではあるが、しかしこの時において優先されるのは……
「乗り心地はそこまで良くないね!」
 ガタガタ揺れる―――それでもメメントスよりはマシだと怪盗たちは後に語る―――車内で一際朗らかに増髪が言った。
「ニ゛ャッ!?」
「でもすごいよモナくん! 車に変身できるなんて……! これが例の、人々の認知というものの影響なんだね!?」
 衝撃を受けて呻いた猫に構いもせず、増髪は妙に生温かい座席を撫で回している。
「ふぐうぅ……ああ、そうだぜ。ニンゲンにはどうも、ネコはバスになるって共通した認知があるらしい。ワガハイ猫じゃねーけど」
「わかるよ! ネコはバスだよね! あるいはタクシーだ!」
「だから猫じゃねーし!」
「アハハ! そうだねバスだ! はははは!」
 腹を抱えて笑い出した増髪は奇妙を通り越して不気味だ。
「増髪のテンションがやばい」
 今のところはまっすぐ進むだけと一旦役目を脇に置いて、ナビは後部座席を訝しげに覗き込んでいる。
 だけど、まあ、でも……わからなくはない。
 本来どれだけ大勢の人が強く思い込んだところで猫はバスになったりしない。猫は猫だ。仮に猫が別の姿かたちを取るとして、筋や皮膚の伸縮性や骨格、いわんや質量を無視して変形するなんてことはありえない。
 だいたいニャータリーエンジンってなんだよ―――
 なんとなくツッコむ機会を失ってそれきりになっていた疑問が、子どもたちの胸にむくむくと湧き立ちはじめる。
 それはさておきとしても、まるで猫のようなバスのような生き物と遭遇した四歳児めいた振る舞いをみせる増髪は止めてやるべきだろう。
 バックミラーでそれを確認したクイーンはただ一言、
「フォックス、落ち着かせて」と命じて事態の収拾を図った。
「承った」
 指令を受けた少年は増髪の目と鼻の先に両手を差し出すと、打ち合わせて音を響かせた。
 ビクッと肩を震わせた増髪はそれでやっと正気―――と言っていいものか―――が取り戻されたのか、しばらく魂が抜けたかのように呆然として動かなくなる。
 猫だまし。と誰かがつぶやいた声には、何故かモルガナが「誰が猫だ」と反応した。これに限っては誰もが「お前じゃない」と言ってやることができた。
 などとやっているうちに、クイーンはブレーキを踏んでゆっくりとモルガナカーを停車させる。どうやら目的地に着いたらしいと後部座席組が顔を向けると、助手席のナビがマップを表示させたままうーんと唸る声が返された。
「このへん……このへんかなぁ。モナ、どうだ?」
「ちょっと一旦降りてくれ。さすがにこの姿じゃそこまで鼻が利かねぇ」
 そういうことならと一同が車を降りると、モルガナは直ちに猫の姿に戻る。
 再び増髪が勢いを取り戻そうとするが、これはクイーンとノワールが事前に押し止めた。
 モルガナは鼻を引くつかせながら周囲を見渡し終えると、一同をふり仰いで述べる。
「うむ、におうぜ。けどやっぱり、なんのニオイかは判らねぇ。例のバケモノどもじゃないことは間違いないが……」
「においの元がどこかはわかりそう?」
 難しい顔をしつつもパンサーの問いに肯してみせると、モルガナはついと鼻で道の先を示してみせた。
 そこにあるのはなんの変哲もないビル街だ。二車線の道路とタイル舗装のされた歩道が左右にずっと先まで続いている。
「そうだな。このまま歩いてりゃもっとはっきりニオイが掴めると思う」
「じゃあ行こっか。いいよね?」
 問いつつ見回したパンサーの視界の中で、ナビだけがなんとも言えない顔をしていた。
「どしたのナビ。なんかまずい?」
「うんにゃ、ぜんぶがマズいってことはない。ただあんまり道を進みすぎると、さっきサーチした範囲から出ちゃうからさ」
 ナビの目の前にはまた先ほどのマップを映し出したモニターが現れている。なるほど確かに、現在地よりさらに北上した辺りには赤丸はつけられていない。
「じゃ、またさっきのやる?」
 これに渋い顔をしてみせたのはモルガナだ。
「あれ結構疲れるんだよなぁ……いや別にやるけどよ。でも、とりあえず行けるところまで行ってみないか? そこまで行ってニオイの元にたどり着けなきゃ、またやってやるからよ」
 どうやら、ナビはともかく彼のほうにはそれなり以上の疲労が伴うらしい。うんざりとした表情からはその度合いが窺えた。
 ナビはこれにいくらか懸念をしめしてみせたが、結局なあなあのうちに流されて、一同はそのまま進むことを選んだ。

 ―――それで、結局こうなったというわけだ。
 大して進まないうちにモルガナがニオイの元が近いと訴え、走査範囲から数歩飛び出してしまった。途端どこからともなく祭囃子が響いて、それに誘われるように異形たちがそこかしこの影から湧いて出てきた。
 あとは先の通りだ。命からがら包囲を突破した怪盗たちは、もと来た道を引き返している。
 追撃は未だ続いている。爆撃と牽制の射撃では、圧倒的な物量でもって迫る化物たちの群れを追い払いきれなかった。
「しつこいなぁ……!」
 苛立たしげに言って、パンサーは先ほど閉ざしたばかりのバックドアを再び開け広げた。
 道々に満ちた異形たちは地を埋め尽くし、宙を染め、左右の壁にまで至っている。
 それらをまとめて焼き払ってしまおうと集中力を高めはじめたパンサーに、運転席のクイーンから指令が飛んだ。
「パンサー、できれば壁面と空中を狙って」
 彼女はバックミラー越しに、パンサーではなく増髪を見つめていた。どうやら参謀殿は、一発こっきりのぶっぱなしの使いどころをここと定めたらしい。
「増髪もいい? 後のことは考えなくていいわ。可能な限りまとめて斃して」
「わかった」
 頷いた増髪のそばで、パンサーの手のひらの上に小さな炎が生み出される。それはまたたく間にバレーボール大にまで成長し、次々に彼女のそばに留め置かれた。
 炎球が五つになるころ、サンルーフから上体を出して景気よく弾を撃ち出していたノワールが戻ってくる。
「ごめんなさい、打ち止めです。予備弾ももうないから、単体射撃に切り換えるね」
 それならば壁や空中を狙ってくれとノワールにも指令が下る。彼女は一つ頷くと、仮面に手をかけつつ再びサンルーフから車外へ顔を突き出した。
 しかし彼女はすぐに戻り、申し訳なさそうにパンサーに声をかけた。
「パンサー、回復頼んでいいかな? スカルがちょっと……」
「はあー? あにやってんのよ、まったく……!」
 まだ途中だったのに、と吐き捨てて、パンサーは八つの炎球を左右均等に分けて撃ち出した。
 凝縮された高熱の塊は壁や異形に触れた瞬間膨れ上がり、見境なく包み込んでは燃え上がらせる。包まれたものは例外なく溶け、煤となって風に紛れていった。
 一連の凄まじい威力を確かめもせず、パンサーはノワールと並んで天井から顔を出し、そこにいるのだろう怪我人に文句と治癒を与えてやる。
 そのついでに作戦も伝えてたのだろう、治療を終えたパンサーが戻ると壁に稲光が落ちるようになった。
「よしよし、いい感じ。増髪も用意できたか?」
「ああ。今日はちゃんとティッシュとミニスナックシルバーとグッドスティックを用意したよ」
「タニザキ製パンの手先かっ! いいからさっさとやっちまえ!」
「わかった。えーと、ネコノカミ……」
 呼び出しに応え、大型犬ほどの大きさの猫が現れる。
 不遜な目つきをしたそれは、短く先の割れた尾をふりふり、威嚇音とともに飛び出すと空中で腕を振り抜き、そのままふつとかき消えた。
 次の瞬間、巨大な鎌か鉈でも振るわれたかのように空間そのものが断裂される。
 一瞬のことだったが、通り抜けたそれは標識や街灯を支えるポールや街路樹もろとも無数の異形を切り裂き、増髪は受け身も取らず横ざまに倒れ込んだ。
 しかし幸いというべきか、その鼻孔からは出血はみられない。
「おお……着実にレベルアップしてるな。HP伸びてきてるぞ、増髪!」
「馬鹿なこと言ってないで、残数報告して」
「あハイ。空中のはそこそこ残ってるし、小型のいくつか取りこぼしてるな。位置情報リンクさせて送る、送った」
 わたしの仕事終わりと言い切って、ナビは助手席にきちんと収まり、今さらながらにシートベルトを着用した。
 その後、残りものの処理には数分もかからなかったがさらなる追撃を警戒し、侵入地点である広場で迎撃体制を取る。
 しかしこれも結局は杞憂に過ぎなかった。
 待てど暮せど新手の気配どころか物音一つなく、子どもたちは緊張を解いて手近なところに腰を落ち着かせた。
「ヤバかったなー……誰だよ行こうっつったやつ」
 なあモナ? と軽い調子でモルガナを挑発するのはスカルだ。モルガナはきつく彼を睨みつけた。
「真っ先に範囲外に飛び出してったのはダレだったよ? ええ?」
 もちろん、この切り返しも本気ではあるまい。おそらく、きっと、たぶん―――
 いずれにせよ、今さらこの二人がやり過ぎることもあるまいと他の面々は騒々しさを意識の外に追いやった。
 責任の所在より気にかかることもある。
「ウチら揃ってポカしたのもあるけどさ、なんであんな大群出てきたんだろ」
 パンサーが口火を切ると、元よりそのことを考えて思考を巡らせていたのだろう、クイーンがすばやく反応して口を開いた。
「そうね……皆が異形に遭遇したときにも、あんな大群はなかったのよね?」
 私自身も単体としか遭遇経験がないと語った彼女に、フォックスが頷いて答える。
「ああ、多くても三体か。それもあれほど密に集ってはいなかったな」
「あんなたくさんの種類が集まってるのもなかったよね?」
 パンサーから疑問符付きの視線を送られて、円盤形の菓子パンを頬張っていた増髪もまた頷いてみせた。……そのそばではナビが「もっと食え」と急かしている。どうやら彼女には増髪の身体に貼り付いた『空腹』のステータス異常を示すマークがまだ消えずに見えているらしい。
 そういえばそろそろ昼時だ―――クイーンはそろそろ空っぽになったと訴える胃をさすりつつ、パンサーたちの言に応じてまとまりつつある脳内の仮定を吐き出した。
「これは推測なんだけど……この際妖怪や神の定義は置いておくとして、やっぱりあれらは生き物―――私たちの知る既存のどの法則にも従わないまったく別種の生物なんだと思う。専門知識を持つ人に解剖でもしてもらわなければ実際のところは解らないけど……でも、やっぱり生き物ではあるのよ」
 とうとうと語られたことに、スカルとモルガナはストレス解消の一環である言い合いを一時中断させて話し合いの輪に加わる。
「たしかに、血っぽいものは流れてたな。触ったり踏んだりした感覚もそれっぽい感じだったし」
 曖昧な表現だが、スカルが語る内容をわざわざ穿つ必要はない。この場合は後付の印象から記憶が歪められる可能性もあるが、だとしても大抵の場合彼の直感的な発想や着眼点は揺るぎない。
 信用するつもりでクイーンは肯してみせた。
「うん、それでね、例えば……ライオンなんかは群れで狩りをするわよね。群れで狩りを行う生き物は他にもいるけど、でも、他の種族と協力してということは珍しいわ」
「でもテレビとかで違う動物と一緒に狩りしてるの見たことあるよ?」
「ええ、私も見たことがある。でもそのとき、その動物たちは群れ同士ではなかったでしょう?」
「そういえば、そうかも」
 頷いたパンサーに微笑みかけて、クイーンはさらに言を重ねる。
「つまりね、あれだけの群れを成して他種族と協力することは普通ないのよ。だってそうでしょ? 私たち全員合わせたって、あれだけの数の腹を満たせるとは思えない。協力する利得が少なすぎる」
 クイーン以外の全員の脳裏に、異形たちに集られて端からムシャムシャと食べ尽くされ、骨だけになる己と仲間たちの姿が過った。
 現状思いつく限りの最悪の展開だ。青ざめたスカルは唇を尖らせてクイーンを軽く睨んだ。
「ヤな想像させんなよ……そんじゃさっきのは一体なんだったんだ?」
 しかしクイーンにはこのちょっとヤンチャな後輩のひと睨みなど通用しないらしい。現実世界でならちょっと怖いと思うかもしれないが、だからこそありえないということを知る少女は、悠然とした様子で彼に答えてみせた。
「あの群れを制御する存在がいたんじゃないかと思う」
「それが例の天狗ってことか?」
 モルガナの問いにはただ首を、そこまで断言はできないと曖昧に横へ振る。
「ただ、なんらかの統率者がいてもおかしくないわ」
「でもそうだとして、ウチらを襲う理由はなに? さっきの言い方だと、食べるためじゃないんでしょ?」
 再びのパンサーの疑問符には、ノワールが応じた。
「排除、じゃないかな」
 悲しげにまつ毛を震わせるその瞳は、遠慮がちに増髪を見つめている。
 彼女の手には食べ終えた菓子パンの空袋があった。約千キロカロリーを摂取してやっとステータス異常が解除されたらしい。
 増髪は、排除の二文字が己に掛かっていると承知しているのだろう。はっきりと頷いて一同に示してみせた。
「私もそう思うよ。なぜかは解らないけどね」
 その手足が小さく震えているのは、先の疲労が抜け切っていないというだけではないだろう。
 スカルは得体の知れない存在が同級生を、友人を脅かしていることに苛立っているのか、やや声量を増して言う。
「けどよ、俺らがいちゃマズいことなんてあるか?」
 声がデカいと彼が叱られることも様式美だ。
 一通りの白眼視が済まされて後、ふとフォックスが顔を上げた。
「そういえば、あの猫又はスカルが迂闊な発言をするまで俺たちを一切攻撃してこなかったな」
「あ? ああ、最初はワケのわかんねぇ呪文みたいなので追い払われたっけ」
 だけどそれがなんだってんだ。
 フォックスは問いには答えず、さらに記憶を辿って述べる。
「それに彼は『自分たち』を爪弾き者と言い表していた……」
 フォックスは顎を指先でさすり、己のつま先と見つめ合った。長い前髪が落ちてくるのを指先で止め、また深く思考を重ねる。
 やがて彼は増髪を一瞥すると、次いで全員の顔を見回した。
「俺はやはり、今俺たちを襲った群れを操っていたのは、あの猫又が言っていた天狗と思う」
「根拠は?」
 クイーンの瞳に宿る怜悧な輝きは、勘や当てずっぽうは許さないと訴えている。
 フォックスは背すじを伸ばして女王陛下に相対した。
「これは伝えたはずだが、あの猫又は神々にも派閥があると言っていた。それと、あの口ぶりから、あの猫又と増髪がはじめに吸収した大蛇は同じところに属していたのだろうと推察される」
「それなら、情報源として名前を出されたくらいだから、天狗もそうなんじゃね?」
 付け足すように述べるナビに頷いて、フォックスは続ける。
「おそらくは。そして猫又と大蛇だ。彼らには共通点がもう一つある」
 フォックスの視線は再び増髪へ向かった。そこにこれといった感情は窺えない。申し訳なさだとか気遣いだとか、あるいは責めることもなく、ただ厳然と事実を求める色だけがある。
 増髪は己の顔を覆う能面を撫でつつ彼に応えた。
「どちらも、私に吸収されているね」
「ああ。とはいえそれは結論ありきになるんだが……まあいい。スカル、一つ問うが、お前なら俺たちが一人、また一人と得体の知れぬ存在に襲われ、行方知れずとなったときどうする? 次は自分の番だと思わないか?」
 唐突に水を向けられたこととその内容に、スカルは思いきり顔をしかめた。
「誘導尋問じゃねーかよそれ」
「結論ありきと言っただろ」
 一方で水をぶっかけたほうは楽しげだ。口元に薄っすらとした笑みさえ浮かべている。
「つまり先の襲撃は俺たちの排除―――あるいは、仇討ちか、防衛か……いずれにせよ先の襲撃における黒幕は俺たちの探しものと思えてならない。あれほどの過剰な反応をする動機を持つ相手も他に思いつかん」
 以上だと述べて意見表面を終えた彼は、どこか満足げに胸を反らした。
 しかし納得しかねると声を上げる者もいる。
「で、でもあの猫神サマにしても、蛇の神様にしても、事故っていうか、あっちが吹っかけてきたんじゃん! 誤解……じゃないかもしれないけど、でもなんか……違くない!?」
 強く地を踏み、そう訴えたのはパンサーだった。感情豊かな彼女はそも増髪に同情的だ。そう言うだろうことは誰にも想像できていた。
 だからこそ穏やかに応えてやれるというものだ。
「過程がどうであっても、結果として増髪があの方たちを吸収してしまっているのは事実だもの。そこだけをなんらかの手段で知ってしまったら、どんな性格の方でもやっぱりそれなりの行動には移ると思うの」
 宥めるようなノワールの言に、パンサーは黙り込んだ。同じ境遇に置かれたらと想像したのかもしれない。
 そのそばで増髪は俯いて、仮面の下できつく唇を噛んだ。そこには自責の念があるが、さりとて今や軽々に謝罪を口にするわけにはいかなかった。ごめんと言えば彼らを気遣わせるともはや知れている以上、迂闊なことは決して言えない。
 彼女がすべきはいたずらな自省ではなく、明確な意思表示だった。
 決意とともに顔を上げると、増髪は緊張を押し殺そうと努めつつ言った。
「できれば……できればでいいんだけど。私は、その天狗と話をしたい」
 怪盗たちは増髪へ目を向け、続く言葉を待って沈黙する。
「私の目的は、言ってなかったね。目的は紬を取り戻すことだ。そのために試練とかいうのを全うすればいいのかと思っていたけど、どうも、そう単純な話ではなさそうだ。だから、それで……君たちのリーダー、怪盗団の頭目はどうやら、強さもなによりだけど、機知に富んだ人物なんだろう?」
 これには一応、全員が頷いてやる。
 まあね。そうね。ここ一番の判断力と決断力は並大抵の者では叶うまい。それに伴う実力も。だけどそれだけでないところが、最大の欠点で最高の魅力だ―――
 言葉もなく交わされた苦渋混じりの共感に増髪が気が付いていないのは、今や彼女が指先をすり合わせながら俯いてしまっているからだろう。
「虫のいい話だけど、彼に協力してもらえれば今とはもっと違う方法も探し出せるかもしれない。だから……だから、彼を解放するためにも……」
 彼を捕えている鎖とやらを見つけるための情報を得たい。そのために天狗とやらに会って話を聞きたい。
 それはきっと幼馴染の救出に繋がるはずだ。
 彼女の述べることに反論は上がらなかったが、それがかえって罪悪感を刺激したのだろうか。増髪は塩をふられた菜っ葉のように萎れ始める―――
「打算的で利己的な考えであることは承知している。もちろん、支払えるものなら対価も差し出そう」
 あんまり大したことはできないけど。
 いよいよ萎れきってしまった様を眺めて、フォックスあたりは吹き出すのを堪えるのに必死だった。
 はじめの勢いはいいのだが、どうにもそれが長続きしないらしい。もう少しがんばりましょう―――
 などと思われているとは想像もできないのだろう、増髪は白洲の上で沙汰を待つ罪人のような風情でクイーンを見上げた―――実際には見下ろしている―――。
 そこにあるのは白けた半眼だ。
「なにか勘違いしていない?」
「えーっ!? ご、ごめんなさい!?」
 反射的に謝罪を口にしてからしまったと押さえたところで後の祭りだ。つるつるとした能面の上で手を滑らせる彼女の姿を一頻り堪能してから、クイーンは笑ってみせた。
「まず、利己主義は社会経済を動かす根源的な動機よ。謝るようなことじゃないわ」
 そもそも、と話を引き取ってパンサーが述べる。
「ウチら増髪のやろうとしてることで損とかしないし……てか、リーダーの救出に関してはむしろ増髪のが関係ないっていうか、こっちがお願いする立場だかんね? アンタがいなきゃウチらここ入れないし」
「あ、そっか……」
「忘れてたの?」
「えへ」
 パンサーの指が能面の表面を弾くパチン、という音が響いた。
 なんにせよ、とクイーンは思う。
 彼女の『目的』が推測ではなく真実として彼女の口から聞けたのは今日なによりの収穫だ。そうだろうとは思っていても、やはり声に出されると違ってくるものだ。
 あとはその幼馴染の『状態』次第だが―――
 今のところは裏切りや内通を疑う必要はないだろう。
 クイーンは安堵の息を漏らしつつ、腕を組んで顎を上げた。
「そういうわけだから、よろしく頼むわね。大丈夫、あなたに難しいことはさせないわ。『話し合い』はこちらに任せて。得意分野よ」
「え?」
 得意という単語に、増髪はキョトンとして硬直した。
 しかしクイーンも他の面々も、おかしなことは何一つないと言わんばかりに頷いているではないか。
 彼女はそのわけを笑って教えてやった。
「むこうが先に殴りかかってきたんだもの、私たちのいつものやり方でいいでしょ?」
 増髪はつい先日目撃した光景と、また自身の経験に則って息を呑み、すり足でもって後退った。
 そして言う。
「こ、心の強盗団……!」
「それ禁句ね」
 再びパンサーの指が能面を弾くパチンという音が響いた。