08:Riding with the Queen

 放課後の渋谷駅、著名なランドマーク前に少年たちは集合していた。
 用件は一つだ。双葉の活躍により任意で異界への侵入が果たせるようになった今、偶然を頼りにせず広大なフィールド調査を行えるのだから、それをしない理由を探すほうが難しかった。
 全員が集まったことを確認した上で人目については不味いと路地の隅へ移動し、そこで『イセカイナビ・改』を起動する―――
「……本当に入れるのね。うう、それに、目眩も……」
「なんでだぁ、一応それっぽく成形し直したのにいぃ……」
 侵入に際し強い目眩とふらつきを覚える『改』の使用において、出た先に異形の姿が見当たらないことは本当に幸いだ。
 新島はふうとため息をついてから、一同を見回した。見慣れた渋谷のビル群を背景に、『一人』を除いた怪盗団全員とゲストが佇んでいる。
「調査を開始する前に一つ提案なんだけど……ここでもコードネームで呼び合わない?」
「コードネーム! 出たな!」
 何故かゲスト―――ははしゃいだ様子をみせた。新島は不思議なものを見たように首を傾げたが、がそのわけを語ることはなかった。
 おそらく彼女と坂本のためには永遠に秘されておくべき事柄だろう。坂本はの内にあるかもしれない新島への悪い印象を拭おうと、彼女の茶目っ気、あるいは欠点をたっぷりと聞かせてやっていた。
 忍び笑う坂本に不審げな目を向けつつ、高巻が新島へ問いかける。
「別に構わないけど、なんで?」
「先日あなたたちが遭遇したっていう大蛇は言語を解していたんでしょう? それなら一応、警戒しておくに越したことはないかなって」
「あ、そっか。了解」
 応えて、高巻改め、パンサーはちらりとに目線をやった。
「そしたら、さんにもなんかコードネームいるんじゃない?」
「私にも? ふーん……じゃあ、参考までに皆のコードネームを教えてもらえるかな」
 どことなく面白がっているようなパンサーの様子に対し、能面の下のの表情は窺えない。しかし彼女はなにかを期待するように怪盗たちに熱い視線を送っている―――
 真っ先にその期待に応じたのはスカルだ。
「ふっふっふっ……俺はスカル!」
 彼は大きく腕を上げ、勝者の如く高々と名乗り上げた。
「パンサー!」
 その横で、パンサーもまた片手を掲げる。こちらはその彫刻じみたスタイルの良さを強調するように、やや腰を捻って。
「フォックス!」
 呼応するようにフォックスは見得を切り、堂々と己が名を述べた。
「ノワールと申しますっ!」
 またノワールは、力強くどこかかなたの虚空を指し示した。どことなく気品さえ感じさせる佇まいだが、担いだ斧が彼女のもう一つの側面を強く訴えている。
「わたしはナビゲーターのナビ! そんでぇ〜……」
 ナビは両腕を揃えて横に構えている。
 その腕の先では、顔を羞恥に染めるクイーンが、三戦の構えを取っている。
「……く、クイーンよ……」
 ―――背後で爆発が起きないのが不思議なくらいの光景だった。
「おお……全員揃うと壮観だね」
 は感心しきりに両手をパチパチと鳴らしたが、真っ先にポーズを崩したクイーンは恥じらいを誤魔化すように声を荒らげる。
「ああもう……! だから嫌って言ったのよ! なによ決めポーズって!」
 どうやら相当恥ずかしかったらしい。普段冷静な―――からすればおっかなくすらある―――彼女が顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。
 しかしナビを筆頭に、仲間たちはご機嫌だ。
「戦隊ものは名乗りが重要なんだよ!」
「特戦隊的にもな!」
「うむ。我々のポジションとイメージをキャッチーに伝えるためにも必須と言えよう」
「やってみたらけっこう楽しくって……」
「ポージングはキャラ立てにも重要だよ?」
 クイーンは今度こそきつく彼らを睨みつけた。
「いらない。戦隊じゃない。楽しくもないし恥ずかしいわよ! あと今さらキャラ立てなくてもあなたたち充分過ぎるくらい濃いからっ!」
 怒れる女王の背後で一人嵐を逃れ、はその通りだと言わんばかりに頷いている。
 ―――短い付き合いだけれど、名前と顔……仮面を一致させるには充分すぎる。このままでは良くて埋没、最悪消滅するかもしれない。
 は決意とともに右腕を天へ向け、右膝を折り、左脚をピンと伸ばしてポーズを決めた。
「こういう感じかな!?」
「あなたもやらないの!」
「ひえっ、すいません……」
「あ、いえ、違うのよ? 別に怒ってるわけじゃないの。そうじゃなくて……あ、あのね? やっぱりあなたの身にも関わることなんだから、真面目に、真面目にね……?」
 クイーンがを捕まえて脅しめいた真似をしたのはもう一週間以上も前の話だが、それによってが未だに怯えるそぶりをみせることは、女王陛下の心を肩パッドに付いたトゲのように苛んでいる。
 両手を振って懸命に執り成そうとしているのがその証拠だろう。もちろん、自身の身の安全に深く関わることだからと語る言葉にも嘘はない。
 は仮面の下から笑い声を漏らして頷いた。
「大丈夫、解っています。もうそんなにビビってませんよ」
「そ、そう? ……あれ?」
 そんなに、ということは全くゼロではないということではないのか―――
 クイーンは遠くはるかの彼方を見つめて悲しげに眉尻を下げた。
 さりとてそれは鉄仮面の下。には伝わらず、また彼女はそれ以上この件については触れようとせずポーズを崩した少年たちに向き直った。
「呼び名が必要なら、増髪でいい。どうも皆、見た目に因んだ名を掲げているようだからね」
 それもそうかとパンサーが納得して、話題は打ち切られた。
 増髪は次にナビへ向き直ると、今日の目的を尋ねる。
「それで、今日はなにを? 他に入っている人はいないみたいだけど……」
「ねこ探し」
 キョロキョロと辺りを見回す増髪に、ナビは手をひらひらさせながら答える。
―――じゃなかった、増髪の身に起きたことを把握するためにも、やっぱりモナのたすけが欲しい。あいつはこういう、ペルソナだなんだにわたしたちの中で一番詳しいから」
「……そうね。聞いた限りじゃ、あなたの力はジョーカーに類似しているようだし、モルガナの知識があればきっと役に立つはず……」
 やっと我に返ったクイーンが追随した。
 ナビは大きく頷いて、ゴーグルの下から真剣な眼差しを増髪に向ける。
「ここに……この異界にモナがいるかどうかは、本当のところ分からない。いないかもしれない。でも、探したい。やれることぜんぶ試したい」
 だから、この異界に侵入するため、おまえの協力が必要だ。
 そう訴える少女に、増髪は直ちに首を縦に振った。
「わかった、やろう」
「出たよ謎の理解力と即決」
 はやし立てるようにスカルは言うが、ありがたがってはいるのだろう。口元は緩んでいる。
 それはパンサーにしても同じことだ。
「よーし! 気合入れて探そっか!」
 彼女は力強く拳を握ると、ことさら明るい声を出して大通りを指し示した。

 とはいえ七人も揃ってぞろぞろと連れ歩いては効率が悪い。幸い異界においてはパレスやメメントスほど敵との遭遇率は高くないことがすでに判明しているから、怪盗とゲストは三組に別れて捜索を行うこととした。
 スカルとクイーン、パンサーとフォックス、そしてナビとノワールと増髪。
 組分けの理由は回復手の分散だ。敵と遭遇した場合は無理に戦闘せず、可能な限り撤退を選ぶようにという意味での人選でもあった。
 少年たちはそれぞれ手元のスマートフォンや時計にアラームをセットし、一時間後にまたこの侵入地点に集合と定めて散った。
 開始時刻は十七時四十五分。
 それから四十分後の十八時二十五分になるころ、ノワールが先導するチームは小休止と、周辺と比較すればこじんまりとしたビルの受付カウンターで足を休ませていた。
「……ダメだ。モナっぽい反応、ない」
 ふつと半身を消し、己の足でタイル床の上に立ったナビが悲しげにもらした。
 捜索を始めてからこちら、ナビは同じことをくり返している。
 彼女の能力によって他チームより感知範囲の広い彼女たちは、大分遠くまで調査を終えていた。それだけに、蓄積する落胆や失望は大きい。
 期待するなと幾度となく己に言い聞かせようとも、なかなか上手くいかないものだ。
 パンサーはモナらしき後ろ姿を見かけたと告げたが、同時に見間違いか似たような黒猫を見ただけかとも述べている。あの大蛇の存在によってここに外の世界と同じ姿をした生物が存在することも明らかになった今、後者の可能性は大きく跳ね上がってしまった。
 そもそもこの異界自体、どこからどこまで続いているのかもわからない。確認した範囲で空間の断絶や捻じれは存在せず、寸分たがわず外の世界が再現されているところをみるに、最悪『すべて』がそのまま存在しているかもしれない。
 そうなった場合、猫の移動範囲を鑑みても、捜索範囲は膨大なものになる。
 在るか在ないかも知れぬ存在を無限に近いなか探し回る行為を思うと、疲労感はいや増して少女の肩に伸し掛かった。
 耐えきれんとナビは項垂れて腰をおろし、壁に背を預けて膝を抱えた。
「……つきあわせてごめんな」
 くぐもったつぶやきがどうやら己に向けられているらしいと気がついて、増髪は首を左右に振った。
「構わないさ。ここへ入るためのアプリは、私がいなければ起動しないんだよね?」
「うん……」
「であれば、私が断る理由はないよ」
 表情は相変わらず窺えないが、その声は極めて優しげだ。ノワールもまた微笑んで彼女たちを見守っている。
 ナビは俯いていた顔を少しだけ上げて、照れたように、
「あ、ありがとう……」と小さな声で返した。
 ―――もしかしたら。
 また彼女はこうも思う。
 もしかしたら、増髪もまた、わずかな希望に縋り、ここで誰かを見つけたいと願っているのかもしれない。
 ナビや他の怪盗団のメンバーたちは、フォックスから『増髪自身は彼女の幼馴染である立花紬の死を目撃していない』と聞き及んでいる。死が確定していないのであればあるいは、とも。
 想像される状況を顧みれば希望的観測に過ぎないが、ナビたちの目の前で消えた黒猫よりはいくらかマシかだろうか?
 もしもそうだとしたら。増髪も誰かを探し求めているというのなら。
(わたしなら、それらしい反応を見つけられるかもしれない)
 だから、もしそうなら言ってくれれば。
 胸のうちを伝えようとナビは腰を浮かせたが、立ち上がるより先にバランスを失して床に転がってしまう。
 それは日ごろの運動不足が祟ったというわけではなく、遠くから鳴り響いた爆音に驚いたからだ。
 すばやく窓際に駆け寄ったノワールが茜色に染まる空の一角を指し示した。
「あそこ!」
 はるか遠方の空を裂くように黒煙が一筋たなびいている。
 ナビは今度こそ立ち上がって己の半身を呼び寄せた。
「……スカルとクイーンのほうだ! 行くかっ?」
「ええ、行きましょう!」
 即決して、ノワールは斧を担ぎ上げて走り出した。その後を増髪とナビが追う。
 ペルソナ、あるいは正体の知れない能力による最たる恩恵は身体能力の強化だろう。脚力の増強により速力と跳躍力が劇的に上昇し、高低に関わらず最短距離を最大速で進むことが可能になる。浮遊するナビに至っては、目的地さえ分かれば一直線だ。
 ノワールと増髪は彼女の指示に従ってほぼ直線に進み、数キロの距離を三分も掛けずに踏破した。
 もちろんそれなりに疲労はあるが、たどり着いた先にある光景を見ればそれも吹き飛んだ。
 銀色に輝く大型バイクに跨ったクイーンが、背に見知らぬ少女とスカルを乗せて四車線道路を爆走している。
 少女はどうやら迷い込んだ一般人らしい。熱にうかされたような目で虚空と見つめあい、ピクリともせずクイーンの華奢な背にもたれかかっている。
 そんな彼女が落ちずにいるのはスカルが器用に片手で掴んでやっているからで、そのスカルが落ちずにいられるのはもちろん、クイーンの並外れたバランス感覚と操縦技術によるものだ。
 その背後にはこれまで見たことのない異形がアナトの『尻』にかじりつこうと大口を開けて迫りつある。
「しつこい……っ!」
 食いしばられたクイーンの唇からうめき声がこぼれた。
 応じるように並走していた猿神が棍をひと振り、雷光がほとばしる。巨大な口から覗く喉びこに直撃すると、異形はたまらずのけぞって速度を緩めた。
 ―――増髪は感嘆の声をもらして手を打った。
「おお……だから世紀末覇者か……」
「かっこいいよねっ?」
 弾んだ声で応じたノワールも、今すぐ二人がどうにかなるほどの危機ではないと敵の強さを見抜いたのだろう。安堵の息をつきつき、羨望と憧憬の眼差しを銀色に輝くボディに向けている。
 増髪は深く頷いて彼女に応えた。
「ですね! うわー、いいなぁ、かっこいい……写真とか撮っても……」
「残念だけど、カメラは動かないの」
「じゃあスケッチしても……?」
「まあ、素敵! 出来上がったら私にも一枚くださる?」
 頬を穏やかに微笑むノワールと、鞄からノートを取り出した増髪の間で、ナビは腕を組んでふーむと唸った。
「今回はなんだ、ありゃ」
 スカルたちを追いかけ回しているのは端的に言い表して『巨大な口』だ。ぶ厚い唇に覆われた生え揃った黄色い歯に舌、その奥に見える喉びこ。いずれも人間そのものの特徴を備えている。
 その口に、痩せたロバかヤギのような躰がくっついている。
「きもちわるっ」
 正直な感想をもらして後退ったナビに目をとめ、スカルが吠える。
「いいから見てねーで助けろぉっ!!」
 相手は一体、苦戦するような相手ではないとナビからお墨付きを頂戴していたからこそのおふざけだったが、スカルもクイーンもそれぞれ手が塞がっている。
 どうやらもう一本二本腕が必要だと増髪はノートをナビの手に預けた。
「わかった―――」
 同時にノワールと揃えて地を蹴り、駆け抜けんとする異形の側面に肉薄する。
 そこに来てやっと増髪は武器がないことに気がついたのか、素手でただれた毛皮に触れることにたじろいで一拍動きを止めてしまう。
 構わずノワールは振り上げていた斧を振り下ろした。
「ごめんあそばせ!」
 厚みのある刃が痩せたロバの皮ふを切り裂き、足を止めさせる。
 それが痛みによるものではないことは、伸びた首に繋がる巨大な口が二人の頭上に覆いかぶさったことからも明らかだ。丸呑みにせんとしているのか、大きな口はさらに大きく開かれる。
 少女たちは振り下ろされる口から逃れて左右に別れ、飛び退った。
 増髪の目はすばやくあたりを見回した。武器になるような物がないかと探しているのだろうが、適切な物は見当たらない。
 流石にこの距離で余裕ぶっていられるほどのゆとりは無かった。増髪はすぐ視線を目の前の異形に戻し、拳をギュッと握った。
 筋力が増強された今の状態なら、素手で殴りかかるだけでもそれなりのダメージも与えられるはず―――
 覚悟を決めた少女の前で、異形が頭をもたげる。露わになった路面は大きく抉られていた。見れば、大口はなにかを咀嚼するように口をしきりに動かしている。どうやら前菜として土砂のアスファルト包みを口いっぱいに頬張ったらしい。
「まあっ、はしたない」
 異形を挟んだ増髪の反対側でノワールが驚きの声を上げた。
 同時に彼女は斧を下から振り上げ、大口の顎を斬りつける。硬い感触が手に返され、薄い皮膚の下の骨が鋼鉄のように硬いことを教えた。
『頭はダメだな、どこも硬そうだ。胴も大したダメージなさそうだし、狙うなら首だ!』
 後方からナビの指示が飛んだ。
 ノワールと増髪は頷きあってその場を退いた。得物がない以上増髪が頭を引きつけたいが、当然、大口はノワールを追う。
 そのころにはスカルとクイーンも停止して戦闘に参加しようとしていたが、二十メートルほどの距離を一瞬でとは流石にいかないだろう。
 ノワールはフッと口元を緩ませて静かに笑った。
 その鼻先には巨大な口が迫っていたが、彼女の背後には鮮やかな色彩を身にまとった彼女の半身が佇んでいる。
「―――アスタルテ!」
 喚起に応えて女神は手を振った。すると鋭い発砲音が響いて銃弾が撃ち込まれる。
 喉奥を狙った一撃はしかし、ダイヤモンドより硬い前歯に弾かれた。
 ノワールは目を丸くしたが、そこに驚きこそあれ、焦りや恐怖は存在していない。
 射撃と同時に彼女は天高く斧を放り投げていた。
「お願いね、増髪」
 おっとりとした調子で言って、ノワールは一歩後ろへ下がる。そこに落ちてくるものがあると彼女は承知していた。
「わかった! お借りします!」
 空中に投げられた斧の柄を増髪の両手がはっしと掴み、次いで高々と振り上げる。
 次の瞬間、胴と口を繋ぐ鋼鉄よりも硬いはずの骨は皮膚と強靭な筋ごと断ち切られていた。
 ドンと音を立てて首が落ちる。ノワールは優雅に一礼して、増髪から投げ返された斧を受け取った。
『反応消失! あたりにも化け物の反応はないぞ。おつかれさまっ!』
 ナビの声が戦闘の終わりを告げ、少女たちは手を打ち合わせた。
「二人とも、ありがとう。助かったわ」
 駆け寄ったクイーンの言葉に二人は大したことではないと首を振る。他方で、呆然とするばかりの見知らぬ少女を背負ったスカルは、落とされた生首を眺めて顔を青ざめさせている。
「おお……やべーなこれ……」
「なにが?」
「や、なんでも」
 ないっす、と答えて目を逸らしたところにやっとパンサーとフォックスが現れる。
「む、もう終わっていたか」
「ごめーん! みんな、ケガない?」
 二人も爆音を耳にした時点でおっとり刀で向かったが、ナビがいない以上彼らの移動は視覚と聴覚だよりだ。遅れるのもやむなしとクイーンは頷いた。
「ええ、大丈夫よ。それより……」
 その視線はすぐにスカルの背に負われた少女に向かう。
 このあたりを探っていた際、あれにひと呑みにされそうになっているところを慌てて救助したらしい。
「新たな被害者にならなくてよかったな。だれだか知らんけど」
 念の為と確認するが、この場の誰もこの少女に見覚えはなかった。
 とにかくこうなっては一度退散すべきだろう。この場からすぐに退出できるツールというものが存在する以上、そうしない理由はなかった。
 聞き覚えのある悲鳴が聞こえさえしなければ。
「ぎにゃあーっ!!」
 ナビは直ちに一度は引っ込めた半身を呼び寄せ、声の聞こえた方向の反応を探る。
『今の……今の声! まさか!』
 クイーンはスカルから少女を奪い取ると、己の半身をバイクに変形させてそこに乗せてやってナビの結論を待った。
 けれど待つほどのこともない、すぐに動き出せるようにとエンジン音が唸るなか、ナビの歓喜と驚愕に満ちた声が一同の間を行き渡った。
『間違いない! この反応は―――』
 増髪さえもが言葉の終わりを待つことなく悲鳴の聞こえた方向に向けて走り出した。
 そう遠い場所からではなかった。人ひとりを乗せてなお先行するクイーンのあとを皆が追い、繁華街に差し掛かろうというところで再び懐かしい声が耳に入る。
「だからっ! ワガハイは猫じゃねぇって……ニャーッ!?」
 広い街路の先に、黒猫が転がっている。遠目にも明らかな蒼い瞳に、口のまわりと尾の先と、手足だけが白い―――
「モルガナ!」
 涙を浮かべて叫んだのはパンサーだった。彼女は駆け寄ろうと大きく踏み出したが、起き上がったモルガナはこぼれ落ちそうなほど目を見開いてなおなにかから逃れるよう動き回っている。
「ゲッ!? オマエら!?」
 おまけに、この再会を歓迎していない様子だ。
 さらに言えば、彼はどうやら一回りも二回りも大きななにかに追いかけ回されている。俊敏な影が幾度もモルガナの前に立ちはだかり、押さえ込もうとしては逃れられてを繰り返していた。
「……よくわからんが、助太刀は必要か?」
「見りゃっ、わかんっ、だろーがっ!!」
 呆れ半分、問いかけたフォックスにモルガナは牙を剥いて吠え返した。
「しゃーねぇなぁ……」
 前に出たのはスカルだ。脱色した髪をかき、小さくかぶりを振って進み出る―――
 モルガナがその股の下をくぐり抜けると、追って影がそこを通ろうとする。彼はそれを掴んで押し留めた。
 するとぶ厚いグローブ越しに、柔らかな毛皮と脂肪の感触が返される。
「あ? なんだこりゃ……」
「むっ、何奴!?」
 しかしそこから飛び出したのは渋くしゃがれた太い声だ。
「うわ喋った!?」
 驚いて緩めた隙に毛皮はスカルの手をすり抜け、モルガナの背に飛びついて太い前足で彼を踏み潰してしまう。
「むぎゅうっ」
 うめき声を上げて路面に口づけたモルガナを見下ろし、その者はフンと鼻を鳴らして一同を鋭く見回した。
「無礼者め、名を名乗れ!」
「は? は? ……はあ?」
 言葉は出てこなかった。
 そこにいたのが茶色の毛皮に黒の縞模様をした大型犬ほどの大きさの猫だったからだ。
 それだけならば単なる大きな猫だと納得しただろう。短い尾が途中で折れてL字を描き、先が割れて二又になってさえいなければ。
 彼は怒りを籠めて少年たちに言う。
「わしはこの不届千万なる者を同族のよしみで叱ってやらねばならん。邪魔だてするでないぞ!」
「だから猫じゃねーよ!!」
 モルガナは直ちに反論したが、二又猫は聞き入れない。
「抜かせ! 貴様、どこからどう見ても四足で歩っておろうが!」
「いやだからワガハイは……! あーんもー!」
 埒が明かないと前足でアスファルトを叩くも、やわらかな肉球からは音も出なかった。そのための肉球だ。
 またこの場には、しゃべる猫なる存在を初めて目にする者もいる。
「ねこちゃん、かわいいね」
「だーかーらーっ!!」
「ふふふっ、ぷくくっ、くっ、くく……」
 怒りをこめてふり返った猫の姿に、増髪は腹を抱えて身体をくの字に折った。小刻みに震えている姿は明らかにこの状況を楽しんでいることの証明だ。
 クイーンはやっとこのゲストキャラクターが一筋縄ではいかない型破りな人物と把握して、痛むこめかみをさすりつつ懇願した。
「申し訳ないんだけど少し静かにしていてくれる?」
「わかった。ふふふ……」
 素直なところは唯一の幸いか。
 モルガナを落ち着かせ、さてと向き直った先で大猫はいかにも不満げに短い尾を揺らしている。
「二本足の隣人よ、なにゆえわしの邪魔をするのか、答えてもらおう」
 太い声には威厳と迫力が宿っている。体躯の大きさからこちらが見下ろす側であるはずなのに、どうしたわけか見下されているような心地になるような、そんな凄みだ。
 ただしそれは、理性的な人物にしか影響をもたらさないらしい。
「邪魔っつうか……なあ? あのー、そもそもあんたなんなん? 猫?」
 いつも通りの態度で応えたスカルに、大猫はこれみよがしにため息をついてみせた。
「にゃんと、わしの名を知らぬのか」
「なんとなく察しはつくが、名乗ってもらおう」
 こちらも察していると言う割に居丈高な態度を崩さないフォックスが。彼の目はじっと大猫の二つに割れた尾を捉えていた。
 その尾をふりふり、猫は答える。
「おうおう、生意気な口をきく小僧め。控えい、わしは猫又大明神である」
「また神かよ!」
「またとな?」
「この間も会ったんだよ。蛇の神とかいうのに」
 ウンザリとした様子のスカルに、神を名乗る猫は目をぱちくりとさせてひげを揺らした。
「にゃんと! それはまさか、あの口の悪い白蛇か?」
「あ? あー、そうだっけ?」
『斃したあとに残ったのはしろへびだったけど……』
 未だ宙から地上の様子を観測していたナビが告げたことに、猫又は顔を俯けてうめき声を上げはじめる―――
「く……くうう……ぐぐ……」
 小さく震える毛皮の様子は、泣いているようにも、怒りに打ち震えているようでもあった。
 どうも、先日スカルたちと交戦した谷津なる神と面識があるらしい。それを斃したとなれば、彼にとって少年たちは仇ということになるだろうか?
 場に緊張感が満ちる。猫とはいえ、この巨体だ。おまけに大明神を名乗られては、嫌でも警戒は強まった。
 しかし―――
「ふ……ふふっ、ふぷぷ、ふにゃはは! あの蛇め、こんな若造どもにやられおったか! にゃっはっは!」
 猫又は、腹を抱えてその場を転げ回った。短い手と足と尾を振り、地を叩きもする。やはりやわらかな肉球からは音は出ない。
 どうやら面識があるといっても友好的な間柄ではないらしいとみて、クイーンは前へ進み出た。
「ええと……猫又大明神さま? いいかしら」
「おっとっと、失礼、にゃにかねお嬢さん」
「私たち、彼……モルガナを探しにここへやってきたの。彼を返してもらって構わないかしら?」
 そもそもの用件をやっと告げられたと疲労感を滲ませる少女に、猫又は小さく首を傾げた。
「構わんが、説教のあとでよいかな? なにせこやつは大悪猫じゃ」
 大悪人ならぬ大悪猫とはまた大仰な表現だ。ノワールは瞳を不安でいっぱいにしてモルガナへ向き直った。
「モナちゃん、なにしたの……?」
「なにもしてねぇよ!」
 怪盗であっても悪党になり下がった覚えはないとがなる彼に、猫又もまた吠える。
「この後に及んでまだ申すか! 貴様を案じて涙する婦女子がおるのだぞ! にゃんたる不実! あーっ、汚らわしい!」
「だからなんのことだよっ!!」
 心当たりが無いと懸命に訴えるモルガナではあったが、その背後ではスカルとノワールが顔を見合わせ、また上方からナビが声に驚きを滲ませて独り言ちる。
 彼らの脳裏につい昨日の光景が蘇る。別に言われてはいないが、そういわれて見れば確かに同じ柄の毛皮に割れているが特徴的な鍵しっぽだ。体格はさらに一回りほど大きくなっているが、概ねの特徴は一致している。
『なあ、そいつもしかして……』
「あの大きな猫さん……?」
「マジかよ!?」
 驚きとともに見つめる先で大猫はモルガナを解放してやっている。
「そこへなおれ! よいか、足の数こそ違えどかよわき者を泣かせてならぬは古来よりの決まりじゃ。ましてこの二本足のものはわしらよりよっぽどのろまで、鼻もきかぬし、耳も遠いときた。あれでは狩りも満足にできぬだろう、かわいそうに……」
「なんかものすごい勢いでディスられてんねウチら」
「まあ、おおむね事実ではあるんだが」
 猫の語る鈍重で鼻も耳も悪い生き物とはもちろん、人間のことだろう。
 なんとも情けない気持ちになって顔を見合わせる人間たちの足元でモルガナが爆発した。
「いいかげんにしろ! ワガハイは猫じゃねぇし、お説教聞いてる場合でもないんだっ!」
『そもそもわたし、泣いてねーし!』
 ナビもまた、先の発言を捉えて喚いた。
 これに愉快そうに喉を鳴らしたのはノワールだ。
「あら? そうだったかしら?」
『ノワールぅ!!』
 揶揄するような発言にナビはぐっと高度を下げ、地上に降り立ってノワールに抗議しはじめる。
 並び立つ少女たちの姿に、猫又も仮面の下の素顔を察したのだろう。彼は得心したように頷いてさらにモルガナに詰め寄った。
「そらみろ! こんな幼子を危険な場所へ探させにきておるのじゃぞ! 反省せい!」
「わっ、ワガハイ頼んでねーし!」
 ぷいっと顔をそらして意地を張る姿に、猫又どころかナビ屋ノワールのみならず、二足歩行の全員から冷たい視線が注がれる。
 流石に失言が過ぎたとはモルガナも理解しているのだろうが、小さな身に似合わぬ巨大なプライドが反省や後悔を蹴り飛ばした。
「だーっ! オトコには誰を泣かせたってやらなきゃならねぇことがあるんだよ!」
 そして彼は今度こそ、身を翻して走り出した。イタチの最後っ屁ならぬ猫のつむじ風と強風を呼び寄せ、目くらましにまでして。
「こにゃーっ! 待ちやれいこの不届者!」
 悲鳴を上げてその場に縫い付けられる少年たちの足元から猫又が怒鳴り声を投げたが、それも突風にかき消される。
 風が収まったとき、そこにもはやモルガナの姿は見当たらなかった。
「……一度ならず二度までも、か」
「今回は俺のせいじゃねーぞ」
 怒りや苛立ちを通り越して呆れの境地でスカルがこぼすことに、フォックスは黙って頷いた。
 では今回は誰のせい―――別に前回だってスカルのせいではない―――かと問われれば、誰も答えを持っていない。
 なにしろ大悪猫はわけを語る前に逃亡したのだ。
 不可解さによるじれったさがたっぷり籠められた重苦しいため息が猫又を含めた全員の口からこぼれ落ちた。
 そのうち真っ先に我に返ったのは都合の悪いことに猫又だった。
「やれやれ……そのほうらも帰れ、ここは危険じゃ。あとはわしがやるでな」
 ここは任せろ、と肉球で胸を叩く猫の姿は愛らしいが、子どもたちを納得させるには至らない。
「危険って、あのバケモンのことか?」
 真上から小さな顔を覗き込む髑髏面に、猫は首を上げる。
「なんじゃもう会うたのか。よくぞまあ無事で」
「あなたは、襲いかかってこないのね」
「カーッ! わしをあんな食い気だけの連中と一緒にするない!」
 クイーンの言葉に、猫は耳を寝かせて不快感も露わに声を荒らげた。
「だいたいここへ迷い込んだモノをいたずらに食べたところで腹しか膨れんわ!」
 だというのに最近の若いやつは、といかにも老人然と吐き捨てる。尾の先が割れている以上、また大明神を名乗る以上、この猫がそれなり以上にご高齢であることは察せられるが、一体いくつなのだろうか。
 増髪あたりは興味深げに瞳を輝かせたが、静かにしていろと請われてこちら撤回されていないからか、口をつぐんで猫の姿を眺め回すに留めている。
 一方で静寂を求められていないフォックスは、老猫の言葉に食いついてそばに膝をついた。
「ご老猫、それはどういう意味だ? ここへ迷い込む人々を喰おうとするのは、食欲以外にも意味があるのか?」
 ずいと寄せられた狐の面に、猫はこの上なく嫌そうに顔をしかめた。チッと舌打ちまでして、前足で虫を追い払うような素振りさえ披露する。
「知らんでよろしい。さ、帰れ帰れ、戻れ戻れ―――」
 そしてまた、猫の口から奇妙な呪文のようなものが紡がれはじめる。
 なにを言っているのかは判然としないが、少年たちの耳にもいくらか聞き覚えのある単語が拾えることから、どうやらそれはお経のようなものらしい。
「なんだ、念猫……?」
「それは猫のふりした狸」
 宮沢賢治だ、と口を開いてしまってから慌てて押さえた増髪は、そのまま後ろに倒れ込んで転がった。
 どうしたと顔をそちらへ向ける少年たちの足元が唸る海面のように波打ち、さざめいて揺らぎはじめる。
「えっ……やだ、地震!?」
 慌てて増髪に駆け寄ろうとしたパンサーもまた、その直前で転んでしまう。
「いやちがう! だってねこ……!」
 ナビが指し示した先、念仏ならぬ『念猫』を唱え続ける猫又の足元は、少しも揺れていない。
 鳴動伴ってますます激しく、空間そのものが揺れ始めると、少年たちは悲鳴を上げて地の上を転げ回る。
「二度とくるなよ」
 念猫の終わり、猫又はぷいっと子どもたちから顔をそらしてそっけなく言い放った。

 感覚としては高所から放り投げられたような浮遊感と落下感が五秒ほど続いた後、少年たちは猫又の最後の言葉を聞いたときと同じ姿勢で道ばたに蹲っていた。
 時刻はすでに夜の七時を回り、すでにほろ酔いの大人たちが怪訝な目を彼らに向けている。
 見回せばそこは侵入地点の渋谷の路地裏ではなく、おそらく猫又の力によって強制退去させられた繁華街付近の大きな街路だ。
 彼らは狼狽しつつも人目から逃れるようにその場を立ち去った。
「なんで!?」
 最寄りの駅前に察知された自販機の前を陣取ると、高巻はただちに一同を仰いで吠えた。
 当然、それに答えられる者はいない。
「たぶんあの猫の仕業でしょうけど……」
 できることは推察だけだ。困り顔の新島が自販機にコーヒーを要求するのを皮切りに、子どもたちはわれもわれもとそこにたかった。
「モナちゃん……私たちと会いたくなかったみたいだったね」
 ホットのストレートティーに息を吹きかけつつ、奥村が悲しげにつぶやいた。小さな声は辺りを通り過ぎる雑踏にかき消されてしまいそうなほど力ない。
 やっとまた会えたのに、どうしてあの子はそれを歓迎してくれなかったんだろう? もしかして、彼にとってはその程度の関係だったのか。
 そう思うと、奥村はますますしぼんで小さくなってしまう。
 見ていられないと思ったのか、はたまた単なる疑問からか、声を上げたのはだ。
「あのねこちゃんとみんなは、ケンカ別れしたってわけじゃないんだよね?」
 もちろん、と全員がすぐに頷いた。
 ならばと彼女はすぐに次の言葉を紡いだ。
「じゃあ、あのねこちゃん、なにかやらなきゃならないことがあると言っていたけど……あれがなにを指すのかは?」
 今度は首が横に振られる。
 は熱いほうじ茶を一口、うーんと唸ってつま先でタイルを叩いた。
「それなら、君たちにその『なにか』をしていることを知られたくなかった。あるいは、私に……?」
「そんなところだろうな。いずれにせよ、捕まえればいいだけの話だ」
 喜多川の手には信じられないことに温かな緑茶のペットボトルが握られている。ここから寮へ歩いて帰るのは流石に厳しいと電車賃の支払いを余儀なくされた彼に同情して、仲間たちが小銭を投げつけてやったのだ。
 その内の五十円を出してやった坂本が言う。
「いるのは分かったんだし、また探すかぁ」
 いかにも怠そうにしつつも、その目は双葉に向けられている。
「……みんな、時間まだだいじょうぶか?」
「あと一時間くらいならいけるよ」
 答えた高巻に、同じくと全員が首を振る。
 双葉はただちに『イセカイナビ・改』を起動せんとスマートフォンを構えた。
 しかし―――
「なんでぇ!?」
 どれだけ待っても移動は行われず、双葉から素っ頓狂な悲鳴が上がる。
 なんだと新島が覗き込んだ画面には、大量のエラーログが並べられていた。どうやら『イセカイナビ・改』が上手く作動していないらしい。
「今回や昨日が偶然だったって可能性は?」
「そんなことない! 昨日帰ってから稼動データの解析もしたけど、イセカイナビと同じものを吐いてた!」
 今日も、と背負っていたノートパソコンとスマートフォンを接続させ、双葉は手早くログの解析に取り掛かった。
 画面上に踊る数字と記号、アルファベットの羅列を理解できるのはこの場で彼女だけだ。手持ち無沙汰になった高巻は、彼女の隣で画面を覗き込みながら首をひねって問いかける。
「そもそもさ、それ、なんなの?」
 作業の邪魔にならないようにと控えめにかけられた声に、双葉は指と目を止めずに答える。
「かんたんに言うと、イセカイナビを改造して、異界に対応させたバージョン。異界はほんとなら、いろいろ条件整えないと行けない場所だろ? その条件をこのアプリ上で再現させて、あっちに私たちを移動させてる」
「聞いてもわかんね」
 高巻の反対側で同じく覗き込んでいた坂本がからかうように言った。
「んもう! なら黙ってろ! ……この再現させる部分には問題ないんだ。むこうに移動する段階でエラーが出てる……アプリが強制終了されてる? なんでだ?」
 誰に向けたわけでもない疑問符だ。双葉はブツブツと口内で言葉をこね回しながらアプリの挙動を調べはじめる。
「移動の途中で弾かれる? それとも移動の直前?」
 新たな問いを投げたのはだった。
 双葉はまた、手と目を止めないまま答える。
「どっちかっていうと後者。移動前の通路の構築の際、強制的に接続が遮断されて、その影響でアプリが落ちちゃってる……」
「移動先っていうのは、つまり、ここだよね?」
「んあー?」
「だからね。入る場所と、むこうに出る場所って、見た目は同じだよね。違うけど、同じ場所。だから、むこうのここ」
「あーあー、そうだな。移動先はここだ」
「それが原因だったりしないかな」
「というと?」
 次の疑問符を浮かべたのは喜多川だった。興味深げに見下ろしてくる瞳に向けては答える。
「どうも、あの大きなねこちゃんに追い出されたっぽかっただろう? で、おそらくあのねこちゃんはまだ『ここ』にいて、妨害していたりするんじゃないかなと思ったんだ」
「マジかよ。あのクソ猫……」
「あ! それなら、別の場所から入れるんじゃない?」
 どうこれ、と瞳を輝かせる高巻と対象的に、奥村はうーんと唸る。
「それもどうかな。あの猫さん、私たちとこちらで接触しているのよね……あの方もむこうとこちらを行き来できるとなれば、私たちの居場所を察知して、妨害してくるんじゃないかしら」
「それもそもそも、あの猫神さまとやらが妨害している場合に限った話よね……双葉、原因の特定はできそう?」
 空になったスチール缶をゴミ箱に捨てて、新島は双葉のそばにしゃがみこんだ。
 視線の先にある幼い顔立ちはこれ以上なくしかめられている。
「……時間かかりそう……」
 新島は頷いて立ち上がった。そこに失望や落胆は見当たらない。何故なら双葉は『時間がかかる』とは言っても『できない』とは言わなかったのだ。
「じゃあそちらは任せるわね。今日は解散しましょうか」
 なにはともあれ、消えたと思っていたモルガナは存在していたのだ。おまけにどうやら、異界に何某かの用件があるらしい。
 となれば必然、あそこを訪問すればナビの走査にいずれは引っかかる。
「……次は、モナ、ひもつけてでも連れて帰ってやる……!」
 決意とともに荷物をまとめ、立ち上がった双葉に、一同は頷いて返した。
「うっし、任せとけ。あのバカ猫、ひっ捕まえてルブランに放り込んでやらァ!」
「ヒモねぇ……猫用のキャリーバッグも必要になるかしら?」
「いいね。見繕って帰ろうか?」
「あ、ならヒモだけじゃかわいそうだからハーネスとかもどう?」
「俺はあれが見たいな。猫用の合羽」
「えっ、じゃあ私、あれがいいな。ライオンになる被せもの」
 子どもたちは解散と言いつつ、近くのペットショップに足並み揃えて向かった。
 弐萬三千七百拾八円。
 無駄遣いにはさせまいと新たに決意を固める者もあった。