丁寧にラッピングされた長方形の箱をうやうやしく受け取って、少年は顔をほころばせた―――
「はいチョコ」
しかし渡したほうのそっけない態度に、まなざしはすぐに釣り上がる。彼は顔中で不満を示してを見下ろした。
「……もう少しなにか、こう……」
恥じらいとか、照れとか、愛情や好意を思わせるなにかがあって然るべきなのではないか。
そう言わんとする彼の口元と目を交互に眺めては肩をすくめた。言わずとも解っているけど、彼女としても言うことはないといったところか。
喜多川は小さくため息をついて、しかし大事そうに受け取ったチョコレートを膝の上に置いた。
「慣れたか」
「さすがにね」
もとよりは受けた経験から情動の薄いほうだ。喜多川の言う恥じらいや照れにも、ここ三年ですっかり耐性がついてしまった。
もちろん、からかいが過ぎれば怒りだすことは今だってあるが―――
今彼女の目にあるのは、どう見たって怒りではなく呆れだ。目の前の光景のばかばかしさに、反応するのも戸惑われているのだろう。
「祐介、、助けてぇ……」
……『三人と一匹』は、が大学進学と同時に借りた学生向けのマンションの一室、1LDの広々としたLに集っていた。もちろん、ペットは禁止の物件だ。モルガナは居心地悪そうにテーブルの上でもじもじしている。
そのテーブルに向けられたソファの上、喜多川とは並んで腰を下ろしている。問題は猫でも彼らでもなく、ソファの背もたれに膝を乗せ、先からずっと喜多川の首に腕を回してしがみついている一人の青年だ。
「玄関に鍵はかけたし、セキュリティもちゃんとしてるはずなのに……どうしたらいいんだ……」
項垂れたの様子には、流石のモルガナも申し訳なく思って尾を垂れる他ない。
喜多川は首に絡む腕を鬱陶しそうに振り払ってテーブルを叩いた。
「ええい、竜司はなにをしている! こういうときこいつを止めるのはやつの役目だろう!」
「そういえばいないね」
モルガナは叩かれた衝撃に思わずとソファに跳んで逃げ、あえなくの腕に捕まった。彼女は当然の権利として、猫の柔らかな毛皮の感触を堪能する。
「にゃあん……ぐるぐる……一応こいつ、自分からリュージに声かけたんだぜ。でも―――」
喜多川に振り払われて背もたれに突っ伏していた青年が勢いよく顔を上げ、涙声でもって訴えた。
「先約があるって……!」
彼の顔を隠すものはなにもない。未だ警察庁は公安部に睨まれる身であるくせに、こちらに進学した彼は開き直ったかのように顔を明らかにしたまま、日夜怪しげな人脈を広げては大学生活を満喫いるらしい―――
そんなことはさておき、彼は再び腕を喜多川に絡みつけて喚いた。
「あいつ絶対カノジョとかつくったんだ!」
二人の反応は冷淡だった。
「不思議なことはなに一つあるまい。竜司はその価値のある男だ」
「元々ジョックだもんね。新しい境になればそりゃ一人や二人くらい」
迂闊なところも子供っぽいところもまだまだ多いが、かの人には生来の情の深さと優しさが根付いている。そこに多くの修羅場をくぐり抜けた経験が加われば、それを見抜くことのできる相手にはたまらない魅力を湛えた人物として映ることだろう。
そしてこの青年は、仲間たちの中で最も長く、最も近くでそれを眺めてきた。なにより彼こそが件の男を成長させた一番の要因なのだから、続く言葉はどこか自慢げでもあった。
「まあね。あいつがモテること自体に異論はないよ。あいつの良さが分かんない女なんてこっちから願い下げだ」
「じゃあなんで……」
そんなにうだうだしているんだ、と問いかけようとするのを、テーブルの上に置かれたスマートフォンが遮った。SNSを経由したメッセージの着信を告げる通知音だ。
「あ、杏からだ」
モルガナを離してやり、代わりにそれを取り上げたが言った。青年はギクリと身を固くする。
メッセージは以下のようなものであった。
『そこにアイツいるよね? 捕まえといて』
覗き込んでいた喜多川は、ゆっくりと背後へ首を巡らせると、ひどく白けた眼を彼に向けた。
「……またなにをしたんだお前は……」
低い声には燃え盛る怒りが籠もっている。
呻いて後退った青年に代わり、モルガナがひどく呆れきって身体を伸ばしつつ答えてやる。
「コイツな、さっきのをアン殿にぶちまけやがったんだよ」
「なんて?」
もまた、じっと冷ややかなものが宿る眼差しを向けている。彼は進退窮まり、指先をこすり合わせながら辛うじて目だけを逸らした。
やがて彼が明らかにしたことに、二人は激高する。
「お……俺もカノジョが欲しいって……」
「この外道が!」
「色魔! 女の敵! マーラ!」
怒り心頭と立ち上がり、指を突きつけて吠える二人は心火に燃えている。隣近所から苦情がくるぞとモルガナは忠告してやったが、当然聞き入れられることはなかった。
青年はどこか虚無的な笑みを浮かべて前髪をかき上げる。
「だんだんその罵倒も心地よくなってきた」
二人は手近なものを取り上げて彼に投げつけた。クッションと黄色いクマのぬいぐるみ。
両手でその二つをはっしと受け取った青年を尻目に、モルガナはだらりと四肢を投げ出してソファの上に寝そべった。喜多川とが立ち上がった以上、そこは彼の独占領地だ。彼はまた、己が嫌がるほどに溺愛するわりに今日このときまでとっさの退避場として部屋を提供もしてくれなかったへの『ささやか』ないらだちを晴らすように毛をこすりつけてやった。ペット禁止なのはもちろん知っている。
頭の後ろの黒い毛をまんべんなく背もたれにばら撒きながら、モルガナはまぶたに浮かんだ光景にうめき声を上げている。
「うう……ありゃあヒデェ光景だったぜ。アン殿が目にも止まらぬ速さでカバンからムチを取り出したと思ったら、ウッ……」
なにがあったというのか。暖房のよくきいた部屋でモルガナは毛を逆立ててぶるりと震え上がる―――
「そこのところを詳しく頼む」
「祐介……」
「すいません。ごほん……とにかく、出ていけ。俺たちが間に入れば話は余計拗れる。ありがたく鞭を頂戴してこい。そのうちそれが快感になる」
「もうなってる」
「ならいいだろう。帰れ。うらや……いや、なんでもない……」
から寄越されるじっとりとした視線
とにかく。
「荷物梱包用のビニールロープでいいかな」
「固結びしないとコイツ抜け出しちまうからなぁ……」
「俺を拘束する方向で話まとまってきてるよね?」
「もしもし、真、今いいか。……そうだ、すまないが頼めるか。ああ、そうだ。家の前に置いておく」
「お車手配してない?」
「動かないで。ええと、まずタオルで縛って……」
「待て! 俺が美しく梱包してやろう!」
「くっ、離せ! このッ……どっちが外道だ!!」
「オマエだよ」
「どうせ次は竜司のところを襲撃するつもりなのだろう。させんぞ」
「付き合わされるのは私たちだけで充分だよ……あ、この余ったリボン巻いてあげる」
「やーめーろーよー」ジタバタ
「ふう、できた……」
「あとは箱か。ちょっと待ってて、大きめのダンボール箱がたしかあっちに……」
「モルガナ、ちょっとそこに乗ってくれ」
「ここか?」背中の上に香箱
「あったかい」
「ふむ、生きた人間と猫……ビニールロープなのが惜しいな。やはり縄……色は何色がいいと思う?」
「やっぱ赤じゃないか? コイツは赤って感じだろ」
「ーっ! 助けて! 後手合掌縛りとかされる!」
「なにそれ。はい、箱あったよ」
「よし」ポイ
「くそっ、この俺をロープなんかで拘束できると思ったら……あれっ……くっ、この……」
「どうした? こんなの楽勝だろ?」
「いやなんか……あれ? あれ……?」
「フッ、この俺を見くびったな。こんなこともあろうかと捕縄術を」
「変なスキルを身につけるな!」
「変とは失敬な。古来より日本に伝わる伝統技術だぞ」
「台車あったよ。乗せて」
「わああなんで」
「……私だって、邪魔されたくないし」
「……」
「二人の世界をつくるな!」
「ホラもう行こうぜ。アン殿がたっぷり遊んでくれるってよ」