しかしモルガナと違って彼女は本当に人間で、そしてハイティーンの女の子だ。
ソファの上に仰向けになった雨宮の胸の上で、その暖かさや力強さ、頭や肩や、首や背中を撫でる手の優しさにうっとりと目を細める彼女は、この状況をあまりよく理解していない。
対する雨宮のほうは天井の梁が視界に入ってやっと己がちょっと不誠実な真似をしかけていることに気が付いて唾を飲む。
チョコレートやヌガーの甘い香りはもうそこにはなく、自分とはまったく違う甘やかな女の子の香りが鼻先をくすぐった。
「先輩、好きです。大好き。戻ってきてくれて本当に良かった」
雨宮はこれに辛うじて「俺もだよ」と優しい声色で応えてやる。
「ほんとですか?」
ぱっと顔を上げてが嬉しそうな顔を覗かせる。
もちろん本心だが、あえて肝心なことを口にするのは少し恥ずかしかった。
「せんぱ〜い」
また顔が伏せられて甘えるように胸に額が押し付けられる。
どうしたものかと思案しながらそれでも手を止めないでいるうちに、雨宮はふと思いついて手を下方―――の下肢に向けて伸ばした。
膝上丈のフレアスカートからは寒いだろうに素足が伸びて、床の上に足を乗せてバランスを保っている。雨宮はその、乱れたスカートの裾を摘んで本来なら隠されているはずの腿に指を這わした。
「んんっ!?」
ガバッと勢いよく再び顔を上げたは、信じられない裏切りにあったかのような目で雨宮を見つめていた。
「せ、せ、先輩、どこ触ってるんですか」
「駄目だった?」
「だだダメってわけじゃないですけど、っあー!? 違います! そんなつもりじゃなくて!」
はやっと己の仕出かしたことと状況に気が付いたようだ。
苦笑しつつも起き上がろうとする彼女を抱きしめることで阻止して、雨宮はまたどうしたものかと思案する。
平たくなってくれるだけでもいいのだけれど、彼女はどうだろう。もしも―――チョコレート以上のものが欲しいとねだったら、すっかりすべてを差し出してくれるだろうか?
考え事にふける彼の上では手足をバタつかせている。
「先輩、なに考えてるんですか? 待って、待ってください、不意打ちはダメです不意打ちは」
しかし彼女の言うところの世をはばかる大怪盗である彼が得意とするのは奇襲である。カバーアクションからのアンブッシュ、先制からの弱点特効、ワンモアからのバトンタッチと総攻撃……
総攻撃は駄目だ。これは単身で挑むべき戦いだ。
「先輩きーてますか? また女子を暗がりで背後から羽交い締めにしようとか考えちゃいけませんよ?」
「やきもち?」
「違います! それで焼き上がるのはどんなモチですか! ほんとに待ってくださいってば……」
ぐいっと渾身の力を込めて、は雨宮ごと身体を起こしてみせた。そのあまりの剛力ぶりに感心するやら呆れるやら……雨宮はすぐに彼女を解放してやった。
「はあはあ……せ、先輩! なに考えてるんですか!」
「昨日見たハムスターを平らにする方法を説いた動画」
「またネズミのこと考えてる!」
「よせやい」
「褒めてませんからね!?」
照れた様子で頭をかく恋人を怒鳴りつけるの手は、スカートの裾をぎゅっと握りしめてぷるぷると震えている。
怖がらせてしまったのだろうかと思うが、しかし彼女はどちらかといえば葛藤によって震えているようだった。
「別にダメなことはないよね……付き合ってるんだし……でもこんな急に、いや、ううん、予告されても困るのかな……困るよね……」
小声で煩悶する様はさながら穴から顔を覗かせてキョロキョロとするネズミそのもの。雨宮は少しの間彼女が結論を出すのを待ったが、三分待っても彼女は小さく震えたままだ。
まだもう少し待ってやることも出来たが、わざわざ退路を用意してやる必要はないかと彼は立ち上がった。
「ひえっ」
奇声が上げられたのは、彼が立ち上がりざまこの少女を抱え上げたからだ。
「どうする? 帰る?」
最終確認のつもりで問いかけると、はしばらく餌を求める鯉のように口を開閉させていたが、やがて無言で彼の首にしがみついた。
退路が完全に絶たれたことを確かめて、雨宮はにっこりと笑った。